博多祇園山笠--飾り山(千代)
2009年の博多祇園山笠。
やはり「天地人」が人気(^^)
四番山笠・千代流(ながれ)の飾り山。
(地下鉄「千代県庁口」駅すぐ上)
「天地人」の直江兼続が「愛」をかかげて。
後ろに見えるのは徳川家康。奥には上杉謙信。
この飾り山は直江兼続と徳川家康の攻防、上杉方を救った前田慶次郎の勇姿を表したもの。
今年は舁き山にも直江兼続か上杉の誰かが出てくる予感。
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2009年の博多祇園山笠。
やはり「天地人」が人気(^^)
四番山笠・千代流(ながれ)の飾り山。
(地下鉄「千代県庁口」駅すぐ上)
「天地人」の直江兼続が「愛」をかかげて。
後ろに見えるのは徳川家康。奥には上杉謙信。
この飾り山は直江兼続と徳川家康の攻防、上杉方を救った前田慶次郎の勇姿を表したもの。
今年は舁き山にも直江兼続か上杉の誰かが出てくる予感。
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九州国立博物館(太宰府市)で「国宝・阿修羅展」が開かれる。
(7月14日〜)
「興福寺創建1300年記念」と銘打っている。
あぁ、そうか。…興福寺は平城京遷都と同じ年に創建されたんだ。
平城京は藤原氏がプロデュースして造営した都だから、藤原氏の氏寺である興福寺も同時に建立したんだね。
阿修羅像を始めとする八部衆像、十大弟子像、釈迦如来は、興福寺西金堂に安置されている。西金堂を建てたのは、当時の帝・聖武天皇夫人の藤原光明子(安宿媛あすかべひめ、光明皇后)。
光明子の母・橘三千代が亡くなり、一周忌の供養として西金堂と多くの仏像を造らせたとのことだ。
写実性と豊かな表情を持つ仏像たち。しかし、これらの仏像が造られたのは、「天平」の元号とは裏腹に、不安と政治謀略がうずまいていた時代だった。
【光明子の周辺年表】
724(神亀元)年、聖武天皇即位
728(神亀5)年、天皇と光明子の息子(皇太子)が1歳で夭逝
729(神亀6)年、長屋王の変(対立した藤原四兄弟の陰謀とも言われる)
729(天平元)年、光明子、「皇后」の称号を得る
730(天平2)年、光明子、施薬院と悲田院を設置させる
733(天平5)年、母・橘三千代の死
734(天平6)年、興福寺西金堂を建立(阿修羅像等を造る)
737(天平9)年、藤原四兄弟(光明子の異母兄)が天然痘により相次いで死去
…
光明子という人、親族は超・強力な人ばかりである。
父は飛鳥・奈良時代政治の実質的なトップ、藤原不比等
母はゴッドマザー、橘三千代(後の左大臣・橘諸兄の母でもある)
兄たちは不比等の後を継いで政治を仕切る
夫は天皇
姉(異母姉)は天皇の母、藤原宮子
この世に怖いものなんかなさそうな(^^;)
だけど、聖武天皇との間に生まれたひとり息子(皇太子)は幼くして亡くなってしまった。藤原氏の血を引く天皇になるはずだったのに。※聖武天皇自身が藤原宮子の子だから、藤原の血はさらに濃くなる。
この皇太子の死が、光明子を仏教に深く傾倒させたに違いない。
いかに強力な権力があっても、人の生死・病には無力で、神仏に祈るしかないものね。
母親の死によって、光明子の気持ちは一気に高まったのかもしれない。
興福寺の阿修羅像は少年の風貌をしている。
インドでは「阿修羅」は軍の神であり、いつまでも戦いを挑み、激しく怒っているものだそうだ。日本でも三十三間堂・二十八部衆の阿修羅は怖くていかめしい顔だが、興福寺の阿修羅はもの静かで寂しげでさえある。
光明子は興福寺西金堂建立に当たり、亡くなった皇太子の面影を求めたのかな…。
生きていれば7歳になっていて、皇太子として本格的教育ができる頃。
そんなことを考えて、仏師に「少年像」を造るよう命じたのかも。
阿修羅以外の八部衆像にも「男の子」姿がある。特に「沙羯羅(さから)立像」は身長とアンバランスな童顔で、より幼さが漂う。
皇太子を阿修羅や沙羯羅で表現しちゃったらマズいんじゃないの? とも思うが、表向きはともあれ、光明子は少年顔の像を見るたびに幼い皇子を想ったのではなかろうか。
※興福寺八部衆像が少年の顔で表される理由は他にあるのかもしれません。光明子とその皇子の話を結びつけるのは私の妄想です。
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1ページの分量が多いとき、冒頭に目次をつけて、ページ途中の項目にジャンプさせることがよくある(ページ内のアンカー)。
これをHTMLで作る場合は
アンカーの元(<a href="#koumoku">項目</a>)
と
アンカー先(<div id="koumoku">項目</div> または <a name="koumoku">項目</a>)
の2箇所を設定する。
この作業、QHM(Quick Homepage Maker)では
#contents
と一言書くだけで自動的にできてしまう。実際は編集画面のアイコン「もくじ」をクリックして入れるだけで良い。
おそるべき簡単さ(^^)
アンカー先のテキスト(項目)すらも書く必要がない。
もちろん、一定の条件があるわけで、何でもかんでも自動で作ってくれるわけではない。
■QHMが自動的に作る「もくじ」は…
そのページの大見出し・中見出し・小見出し(QHMの書式で * が付いている項目)がリスト形式で階層表示される
===
「もくじ」としてアンカーする項目を取捨選択したり、リスト形式でない書き方をするには、PHPを変更するか、編集画面での書き方を変える。
もくじ作成のPHPは QHM > plugin > contents.inc.php
(私はPHPをよく知らないのでPHP変更方法に言及することはできません)
編集画面での書き方でアンカー項目を選択する方法:
見出しに * を付けることでPHP処理(もくじの生成)をしているから、* を付けなければアンカー項目にならない。
【方法1】アンカー項目にしたくない見出しをHTMLで記述する
#html{{
<h3>中見出し</h3>
}}
とか。<h4>小見出し</h4>でも同様。
ページ作成の都合で中見出しや小見出しがたくさんあって、それらをすべて「もくじ」アンカー表示にすると煩わしい…といった場合にこの手を使うと良いのでは。
<h3>や<h4>のCSSクラス設定は適用されるので、見出しデザインは統一される。
【方法2】アンカー項目にしたくない箇所は見出しにしない
太字にする、色を変える、大きな字にする、といった方法で本文と区別する。
===
上記の方法はあるにしても、見出しと本文が適切に作られたページなら、あまり細工をしないで「もくじ」作成機能を素直に使うのが良いのじゃないかなと思う。なんといっても早くて簡単にできるのだから。それより見出し・本文をわかりやすく書くことに力を入れるのが建設的かと。
■もくじのデザインカスタマイズ
QHM > skin > hokukenstyle >(テンプレート)> plugin.css
エディタで開いて contents を検索するとその下に設定がある。デフォルトでは「もくじ」の文字が入っているので別の言葉に変えるとか、色やラインの入り方を変えるとか、各自のお好みで。「もくじ」→「Contents」のように文字数を増やすなら、幅(width:3.5em;)も増やすのを忘れずに。
※カスタマイズしてみたら、Windows IE6ではタイトル(「もくじ」の部分)が見えない。ラインと肝腎なところ(アンカー項目)は見えているのだけど。IE6だけ表示が違うことがあるが、余計な変更をしちゃったのかな?
参照:QHMで制作→「簡単!ホームページ更新」
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西新商店街にこんなお店が…
なんと、1個10円のまんじゅう(^^)
10個入りパックで120円。
え? 計算が合わない?
容器代と消費税が含まれるそうです。
それにしても安い。
かき氷やたこ焼きも売っている。
店内で食べることもできて、お茶は無料サービス(セルフですが)。
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西新(福岡市早良区)の地下鉄南側にある商店街。
古くからの商店街だけれど、なかなか活気があった。平日でも結構な人通り。
地方の商店街に最近多い「シャッター通り」になっていない。
福岡市内は人口が増えているから、商店街の衰退はそれほど見られない。
特に西新は学校が多いし。若い人が多めだ。
野菜、魚が安い(^^)
道の真ん中で生鮮品(野菜・魚・花など)を売っているのは「リヤカー部隊」、西新商店街の名物だそうだ。
こういう商店街が好きだなぁ。
西新地区は地下鉄の北側ばかり行っていた(ヤフードーム、総合図書館、福岡市博物館…)けれど、南のほうは生活感があってイイね。
商店街途中のコレは一体…?
昔のガス灯かなにかですか?
キャナルシティ博多には冬場になるとこれよりスマートな暖房灯が出るのだけど。
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