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2005年10月

2005.10.29

西門橋を渡ろう

mikasa二つの川に挟まれた博多には、たくさんの橋がある。
私が好きなのは、御笠川に架かる西門橋だ。

江戸時代もこんな風景だったかもしれない

写真は西門橋から見た博多側の河畔。おそらくこの風景は江戸時代とあまり変わっていないと思う。
…いや、本当は変わっているのだけれど。実は背後にあったビルを消してしまったのだ(笑)

しかし消したのは少しだけ。博多駅から1kmほどの市街地だが、こんな風情の場所が残っている。

西門橋は古くからの橋で、江戸時代の博多絵図に描かれている。
(博多旧図:江戸時代後期(九州大学デジタルアーカイブ))
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/kochizu/kinsei/hakata.htm

さらに遡れば、戦国時代末期からあったらしい。当時を推定した地図がコレ。
(博多の地理図今昔(博多かまぼこ屋さんのサイト))
http://www.kamabokoya.co.jp/fukuoka-city-nazo/hakatatirizu-konjaku.htm

石堂川とは御笠川の古名。西門橋は石堂川に造られた最も古い橋かもしれない。


西門橋の名の由来


橋を渡って左に折れると聖福寺がある。日本で最も古い禅寺だという。この寺の西門近くの橋だからこの名がついた。かつては西門町という町名もあった。
西門橋から博多方面を見ると、細い道路が町家の中にすうっと引き込まれていくようだ(写真2)

少なくとも400年前から、対岸の人々はここの橋を通って博多に入った。明治初めに民衆が一揆を起こし、博多に突入した道でもあった(筑前竹槍一揆:明治6年)。

明治初期まで石堂川の橋は西門橋と少し下流の石堂橋だけだった。
その後多くの橋ができ、路面電車や車を通す大きな橋になっていったが、江戸時代からの橋は小規模のままだ。それがちょっと嬉しい。

今の西門橋は2001年に架け替えられたもの。一車線の幅しかなく、昔の雰囲気を残している。

急ぎの用でないのなら、博多に行くときは西門橋を渡ろう。

saimon820a 写真2 西門橋から博多方向へ saimon817 写真3 欄干にある絵は博多松囃子の恵比須流(山笠とは違う。博多どんたくの起源)

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2005.10.16

ひっくり返ってしまった

hawks803たまげた。昨日のホークスの試合(パ・リーグ プレーオフ)。
9回で4点差を追いつき、10回でサヨナラ勝ち。できすぎというかなんというか。高校野球でタマにあるんだけれど。

ちょうど9回裏1アウトくらいでTV中継が終わり、「こりゃ負けだわ。奇跡なんて起こらんて」とすっかりあきらめの境地だった。
チャンネル変えて、ほとんど忘れかけていた頃にテロップが入った。え? まだやってたの? ってのに驚き、ホークスが勝ったのでまたびっくり。

知人に「おいおい、ホークス勝ったってよ」と電話を入れたら、ウソやろ、となかなか信用しなかったのだった。テロップはすぐ消えちゃったからね。
インターネットでホークス公式サイトを見たら、スコアが4ー4だった(^^;)
少し経って更新したら1点入っていた。

それにしても、もうだめだこりゃ、な場面でTV中継が終わったのは絶妙なタイミングだったと思わざるを得ない。あのあとホークスが打ち始めた(というかロッテの小林が崩れた)わけか。
中継終了したKBC(九州朝日放送)には抗議電話が殺到したという。一方、ネットの試合中継にアクセス集中したと。こういうときネットは便利なんだな、と印象づけた感じだ。先日ニュース番組に出ていた三木谷さんの顔が思い浮かんだ。

ホークスは三連敗しなくて良かった。昨日負けていたら、ホークスにはトラウマになっちゃうんじゃないかと心配していたのだ。シーズン1位でもプレーオフで勝てないチームという。あ、まだその可能性あるけど。
もっとも私はホークスファンではない。地元だから少々応援している程度だ。私が本当に心配するのは、中日ドラゴンズが日本一になれない癖がまだ払拭できていないことである。

※昨日はドームに観戦に行っていないため、9月某日の試合(対日本ハム戦)の写真を代用アップした。

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