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2006.01.09

「三丁目の夕日」の頃の福岡

映画「ALWAYS--三丁目の夕日」は良かった。
とにかくCGが凄い。
鉄橋を渡るSL。列車の窓に映る昭和30年代の東京の街。路面電車が走る大通り…。
よくぞ再現したものだと唸ってしまった。
あの鉄橋は遠賀川に架かる筑豊本線だそうだ。
北九州フィルム・コミッションのサイトでロケの写真が見える。
http://www.kitakyu-fc.com/pub/topics/sunset02.html

sinai35
昭和35年(1960) 天神

sinai48
昭和48年(1973) 荒戸

写真はいずれも「1996 福岡の都市計画」(福岡市・刊)より転載
昭和30年代には全国の都市で路面電車が走っていた。
もちろん博多・福岡にも。
東は貝塚から西は姪浜までを繋ぐ貫線と、博多部と福岡部をぐるりと囲む循環線・城南線(プラス支線)とで、市街地の移動には便利だった。

「三丁目の夕日」の頃は車がまだ少なかった。しかし、鈴木オートの社長さんの言うように、車の時代が始まっていた(写真上)。
昭和40年代に入ると、道路も拡張されたけれどそれ以上に車が増え、路面電車の肩身は狭くなるばかり(写真下)。

とうとう昭和50年11月に貫線・城南線・呉服町線を廃止。残る循環線・貝塚線も昭和54年2月10日をもって廃止し、福岡市の路面電車(市内電車)は完全に姿を消した。当日最終電車は予定より遅れて(たぶん別れを惜しむ人がわんさか乗ってきて時間が押してしまったのだろう)、翌11日の午前零時過ぎに貝塚駅に帰ってきたのだとか。

廃止後、すぐにバス路線用舗装が徹夜で行われたという。その夜電車路線上を歩いていたAさんは、「どんどん工事が進んじゃって、余韻を感じるいとまもなかった」と。

しかし、昭和50年代まで走っていたのは、よく持ったほうじゃないかと思う。
ちなみに私が初めて福岡に来たのは昭和54年8月。市内電車全廃の半年後だった。だから福岡の路面電車を見ずじまいである。
そのとき天神の書店で買ったガイドブックには循環線・貝塚線の路線図が書いてあって、「どこを電車が通ってるのよ」と不審に思う役に立たないガイドマップだったが、記念に今でも保管している。

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