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2006年4月

2006.04.13

筑後吉井--おひなさまを彩る工芸品

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吉井といえば「おひなさまめぐり」が有名。
商家の店先が「もち花」で飾られて、古今のひな人形とともに町を華やかにしていた。



写真(中)はガラス工芸品のお店。
絵付けガラスが綺麗でつい誘われてしまう。

ここでガラスの箸置きを買った。
桜(左)と梅。
梅のほうには源氏香の紋が描かれている。

源氏香とは、5種の香木の香りを当てる遊び。
組み合わせごとに源氏物語の巻名(「夕顔」とか「帚木」とか)が当てられているのだという。
写真のものは「行幸」になる。

この縦棒5本と横棒の組み合わせの形が、それ自体デザインとして好まれ、使用されるようになった。
源氏香之図はこちらにあり。

シンプルで、いいデザインですね。
ひな人形といい、平安時代の意匠・風俗は今も人気がある。歴史の授業(政治史)では足早に過ぎてしまう時代だけれど、400年も続いたのはダテじゃないと言うべきか。

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2006.04.10

筑後吉井の蔵と道と水

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筑後吉井:福岡県吉井町。1年前に合併して「うきは市」となる。
江戸時代、城下町久留米と天領(幕府直轄領)日田を結ぶ豊後街道の宿場町として商業が栄えた。特に吉井銀(よしいがね)と呼ばれる金融が発達。

大きな火災に遭ったため、明治に入って蔵の建造が盛んになった。
今もたくさんの蔵が立ち並ぶさまは、しらかべの町として親しまれている。

上の写真は吉井のメインストリート。
かつてはこの通り(道路の上)を蒸気機関車が走っていた。町なかを蒸気機関車とはいささか異様な風景であるが、旧国鉄ではなくて軌道の狭い軽便鉄道だったのだ。
その名は筑後軌道。始まりは明治36年、吉井と田主丸(たぬしまる、現・久留米市)を結ぶ鉄道馬車で、久留米側、日田側に徐々に区間を延ばし、動力を石油による(!)蒸気機関車に変えて、とうとう久留米市街と日田市街をつなぐ九州最長の軽便鉄道となったとか。
鉄道馬車会社を起こしたのは吉井と田主丸の民間人だったそうで、蔵を建てたくらいだから金持ちが多かったんだなあ。

県境をまたぐ長い軽便鉄道も、同じ区間の国鉄久大本線の開通により、昭和4年に廃止された。
今や鉄道の面影はまったく無いが、蔵の並びと道は、明治から大正時代の骨格そのままのようだ。

「吉井」の町名は、「きれいな水の湧き出るところ」から来たという。
訪ねたうどん屋さんの裏手、豊富な水がどどーっと流れる水路に出会って驚く。この水は町をめぐって筑後川に連なっている。

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2006.04.08

桜満開

Sakura221近くの公園の桜が満開。

天気も良くて、今日はプチ花見。

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2006.04.01

WBC優勝トロフィー

Wbc61ヤフードームに陳列されたWBC優勝トロフィーの写真。
撮ったことを思い出したので記念にアップ。

「撮影はお一人一回でお願いしま〜す」と、スーパーの目玉商品のごとく限定されてた。

選手の手の跡がいっぱいついているのかな?
それも記念ということで。

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