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2006.07.19

博多祇園山笠--追い山 (1)

15日の追い山追っかけ記。

Oiyama512_1午前5時前、まだ暗いうちに、1番山の恵比須流が東長寺に奉納。
承天寺にも奉納する。

「神事」の山笠なれど、由来を考えればお寺との関わりが深い。

鎌倉時代、承天寺の開祖・聖一国師は疫病退散を祈って施餓鬼棚に乗り、水を振り撒いて町中を回った。これが山笠の由来と言われている。

江戸時代には櫛田神社の管理は東長寺の住職がおこなっていた(櫛田神社に宮司はいなかった)。東長寺は櫛田神社の大家さんだったわけだ。

※住職の宮司兼職は割合多かった。香椎宮もそう。明治政府の「神仏分離令」によって神社と寺の力関係が逆転したようである。この時廃せられた寺や破壊遺棄された仏像も数多い。私たちが今見ている神事・祭りは、百数十年前まではもっと仏教色が強かったのかもしれない。

夜が明け、空が徐々に明るくなる。
寺が並ぶ細い通りを行く。
山笠はこの時間帯が一番いいと思う。

Oiyama519

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