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2006.11.01

西公園--黒田さんは松平さん?

西公園、光雲(てるも)神社社殿の横にある「荒津神社」の鳥居。
Nisi68

写真ではわかりづらいが、右の柱には
「〜〜姓賜松平氏黒田長●建宇」(●=「日」の下に「高」という字)、
左の柱には
「天明三年癸卯夏六月十五日」
とある。(※天明三年=1783年)

黒田長「日+高」は、9代藩主・黒田斉隆の初めの名前。
松平姓を賜ったのを祝して建立しました、という感じなのだが、そうすると、当時ここらにあった東照宮に奉納したということだろうか。
あるいは、福岡城内の光雲神社内に建てて、明治になって本社引っ越しと同時にここにやってきたという線も考えられるが、「姓賜松平氏」云々を考えると前者かなと思う。

福岡藩主の黒田さんが松平の姓を賜るとは、現代の感覚では奇妙なことだけれども、歴史雑学本(題名を失念)によると、外様大名で「松平」の姓をもらった大名家がいくつかあるそうだ。
前田、伊達、島津、毛利、黒田、浅野、鍋島、池田、蜂須賀、山内。いずれも大大名である。
「松平筑前守(まつだいらちくぜんのかみ)」などと公称されたらしい。

黒田氏が斉隆の代で初めて松平姓を賜ったのかどうかはわからない。
斉隆は養子で黒田の後継ぎになった人で、実父は徳川一橋家の当主。血統は徳川ファミリーなので、その縁だったのかもしれない。

時代劇などでは「黒田藩」と言われたりするが、江戸時代には少なくとも公式でこういう言い方はしなかったようだ。「藩」も廃藩置県まで公的名称ではなかったとか。

明治以降、上記の外様大名家は旧姓に戻したため、黒田氏はずっと黒田だったような気がしているけど、そうではなかったみたいだ。
でも、TVドラマで「松平筑前守」「松平薩摩守」…じゃあわかりづらくてしょうがないよね。

 

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