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2007.07.06

小倉・長崎・広島

Kokura2201945年8月9日、原爆投下の目標地は小倉が第一候補だったことはよく知られている(と言っても、東日本で育った私は九州に来るまで知らなかったのだが)。
その日、小倉上空に雲が多かったため、長崎に変更したのだと。

しかし、「雲が多かった」とは、自然の天候だけではなかったらしい。
前日、隣りの八幡が空襲され、9日になっても煙が小倉上空に漂っていたからだ。

原爆投下の候補地には、人口規模、地形などの条件があった。最終的に選ばれたのが広島、小倉、長崎(京都や新潟も当初は入っていたが諸般の事情で除外)。
原爆の効果を的確に知るため、これらの都市には空襲しなかった。

が、小倉の隣りの八幡は空襲された(標的は無論、製鉄所)。で、この空襲部隊と原爆投下の部隊とは情報交換がなされていなかったとのことである。空襲部隊に詳細な情報が伝えられていたならば、前日の八幡爆撃は避けていただろうと。

(このへんの経過は「投下!〜小倉上空10時44分〜」を参照した。八幡が空襲されたいきさつもあり。)

写真は「リバーウォーク北九州」から見た小倉城周辺。八幡はこの右のほうで、八幡製鉄所(現:新日鉄)まで約7km。小倉城の向こう側に戦前「造兵廠本部」があり、現在中央図書館になっているその場所に「長崎の鐘」と碑が建てられている。

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