« 黒田家の墓--崇福寺(博多) | トップページ | 精霊流し--箱崎浜 »

2007.08.16

黒田家の墓(その2)--崇福寺・東長寺

Sofukuji_kuroda56黒田家墓所の配置図(写真左)に見るように、福岡藩主の墓所は3箇所に分かれている。

藩祖・如水、初代・長政…崇福寺
四代〜七代、九代、十代…崇福寺
二代・忠之、三代・光之、八代・治高…東長寺
十一代〜十四代…東京青山墓所

東長寺は博多・祇園にあるお寺。崇福寺と東長寺が黒田家の菩提寺だった。

※東京青山墓所に眠る十一代〜十四代は、明治維新後に亡くなった当主たち。
 維新の後、旧藩主一家は東京に移っていった。

菩提寺が2つあるといえば、徳川将軍家もそうかな。寛永寺と増上寺。
大名家の菩提寺ともなれば、ハクがつくし収入も相当のものだから、お寺同士のせめぎ合いとか裏事情もいろいろあったのかなあと思う。

「武士の家計簿」(磯田道史・著 新潮新書)によれば、江戸時代の武家は「身分費用」の額が非常に多かったらしい。身分費用とは身分を維持するための支出で、ご先祖を祭祀するお寺へも相当のお金を出していたとか。全国の城下町にお寺が多いのは、大名や武士がせっせと献金して支えていたからなんだろうねえ。

82こちらは二代・忠之の墓(東長寺)。
戦国時代に焼失した東長寺を忠之が再建した。

|

« 黒田家の墓--崇福寺(博多) | トップページ | 精霊流し--箱崎浜 »

「地域・歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/132693/16124736

この記事へのトラックバック一覧です: 黒田家の墓(その2)--崇福寺・東長寺:

« 黒田家の墓--崇福寺(博多) | トップページ | 精霊流し--箱崎浜 »