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2007.10.20

鴻臚館はがけっぷちにあったという

朝日新聞10月19日朝刊・福岡版の記事。

「福岡市教委は18日、鴻臚館(こうろかん)の北側で、海に向かうがけ面と海岸線に近い砂丘を確認した、と発表した。」

鴻臚館は古代の博多にあった外交用の館、迎賓館のような施設と言われている。
文献に記録されていたのが、平和台球場の取り壊しに伴う発掘により、ここに現存したのが明らかになった。
(だいたい博多近辺は掘れば弥生時代以降の貴重な遺跡が出てくる)

市教委の発表によるとこんな位置だったらしい。

建物の北2mの場所ががけである。がけの高さは約4m。
そこから20m離れた場所に砂丘。海岸近くと見られる。

鴻臚館のあった場所--平和台球場の場所--は今の福岡城内だから、古代(弥生〜平安時代)にここまで海岸線が迫っていたことになる。
福岡城の北に西公園があって高台になっているのだけど、古代には島の状態だったのだろうなあ。

※中世博多古図(15〜18世紀)でも、今の福岡中心街はたいがい海の中。博多部は海に突き出た半島状だ。
(中世博多古図は「博多湾に関する基本的事項について」(注:PDF書類)の3ページ目にあります)

折しも、福岡市博物館では「古代の博多〜鴻臚館とその時代」展を開催している。
10月28日まで。できれば行ってみたいと思っている。

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