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2007年11月

2007.11.25

「燃えよドラゴンズ!」と初音ミクの幸福な出会い(2)

「燃えよドラゴンズ!」が初音ミクにマッチする理由(私見)

---「闘魂こめて」「六甲おろし」よりも「燃えよドラゴンズ!」のほうが初音ミクに合っているじゃあないかとゴタクを並べてみる---

「闘魂こめて」「六甲おろし」は共に古関裕而さんの作曲。古関さんはスポーツ楽曲の大御所で、特に野球は早稲田大学の「紺碧の空」や全国高校野球選手権の歌「栄冠は君に輝く」など、野球で聞く歌の大半はこの人の作品ではないかというほど。
そういう方の作品だから名曲なのだが、勇壮・荘厳で、男声で聞くのが最もピタッとくる。

それと、「闘魂…」「六甲…」は制作年代が古く、歌詞がやや文語調。
(※闘魂こめて:「その名担いて」とか、六甲おろし:「うるわしく」「我が名ぞ」)

このあたりが、「萌え系」初音ミクの声にはちょっとそぐわないかと。

その点、「燃えよドラゴンズ!」は1974年制作で、文語調歌詞がなく平易。
(サビ部分は「いいぞ、がんばれ、ドラゴンズ〜」と、まったくベタ)

作詞作曲者の山本正之さんは当時大学生だったが、この歌を作った後作曲家デビューし、アニメソングを多数手がけるようになったとか。
「燃えドラ」は、正統派スポーツ賛歌である「闘魂…」「六甲…」よりもポップな軽快感がある歌なのだ。

※「燃えよ」は文語ではないか?と異論もあろうかと思うが、これは前述したように「燃えよドラゴン」が当時流行っていたからで、それ以外に「燃えよ」を持ってきた理由はないと思われる。

編曲や歌い方によっては力強く正統派に近くなるけれども(例:水木一郎さん歌唱のバージョン)、子どもの合唱がついても違和感を感じないのは「燃えドラ」だけじゃないかなあと思う。どちらかというと「赤道鈴の助」や「月光仮面」の路線の歌だ。

いろんなバージョンができてしまう「燃えよドラゴンズ!」

もうひとつ。
「燃えドラ」の歌詞で不動なのは1番だけ。2番以降は「1番○○が塁に出て〜」「2番○○がヒットエンドラン」…「○○監督の胴上げだ」と、その時期の選手・監督名が入ることになっている。
初版の頃は高木守道とか星野仙一、鈴木孝政が活躍していたし、今なら荒木・井端・川上…。

これは替え歌になりやすい。初音ミクの使い甲斐もあるというものだ。
他の球団歌も替え歌にしようと思えばできるけれど、愛着のある人はいじりたくないだろうし、意地悪・中傷ぽい替え歌じゃファンは嫌だろう。

年によってどんどん歌詞が変わる球団歌って、どういう発想なんだろうかと感心してしまう。プロの作詞家・作曲家だったらしないだろうなあ。作ったときの山本さんは学生だったというし、球団歌としてキチンと採用されようとか、考えてなかったのかも。
その年はたまたま巨人と激しい優勝争いをしていて(それまで9年連続巨人の優勝)、板東英二さんがラジオ番組で取り上げて「優勝決まる前にレコード化だっっ」とばかりに急造したという。
ファンが作り育てた歌、という感じがもともとあるんじゃないかな。

※そんな経緯ではあるものの、曲としてはとてもよい出来だと思う。「いいぞ、がんばれ、ドラゴンズ」(最後は「がんばれ、がんばれ、ドラゴンズ」)のとこなんか、ファンだったら唱和したくなる高揚感に溢れている。正統派応援歌の荘厳さとは違うけど。

「燃えドラ」以降に作られた球団歌は…?

私の知っているところでは
「地平を駈ける獅子を見た」(西武ライオンズ)
現代的でプロっぽい。作詞は阿久悠さん。スポーツの歌でこれだけの世界を表現できるところはさすが。

「いざゆけ若鷹軍団」(ダイエー・現ソフトバンクホークス)
これは正統派か。

この2つはまだ初音ミクで聴いていないけど、誰も作ってないのかな。
ガラッと変わったイメージになって面白いかもしれない。

それでもやっぱり初音ミクには「燃えドラ」がダントツに良いと思う。もちろんひいき目ですが。

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「燃えよドラゴンズ!」と初音ミクの幸福な出会い(1)

「燃えよドラゴンズ!」にまだハマっている…
(→11月23日「中日ドラゴンズ優勝動画--燃えよドラゴンズ」
なにしろ私が生まれてから初めての日本一なもので(笑)

しかしハマった理由はそれだけでない。
YouTube、ニコニコ動画にアップされている「燃えよドラゴンズ!」のバリエーション、「初音ミクが歌う」てのがいろいろあって、それがみょ〜に良いのである。

初音ミク??って、誰??

最初はアニメアイドルかいなと思ったけど、それにしちゃたくさん歌い過ぎ。

なんと、これ、機械が歌ってるのね。

初音ミク(はつね・みく)=コンピュータで音楽合成するDTMソフトの愛称。発売元:クリプトン・フューチャー・メディア。
かわいらしい声と、機械合成と思えない自然さで、DTMソフトとしては異例の売れ行きなのだそうだ(ベースになっている声は声優の藤田咲さん)。
いろんなジャンルの楽曲を初音ミクに歌わせた曲が、YouTube、ニコニコ動画にたくさんアップされている。

野球の球団歌(応援歌)も「燃えよドラゴンズ!」「闘魂こめて(讀賣ジャイアンツ)」「六甲おろし(阪神タイガース)」があったのだけど、「燃えよドラゴンズ!」がいちばん合っているな〜。

特に気に入っているのがこのバージョン
初音ミクに「燃えよドラゴンズ」を日本一らしく替え歌させてみた

伴奏付き、サビ部分合唱。

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2007.11.24

福岡市博物館の周り(2)

博物館の周りの花を少々撮ってみた。
Hakubutukan51
博物館をバックに、白いガーベラ。

Hakubutukan52

Hakubutukan53

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2007.11.23

中日ドラゴンズ優勝動画--燃えよドラゴンズ

こういうのを見てまた感涙にむせぶ…
中日ファンの方はぜひご覧ください。

「燃えよドラゴンズ!2007 日本一ありがとう編」(YouTube)

ドアラ可愛いよ…

「燃えよドラゴンズ」も古いよね。ブルース・リーの「燃えよドラゴン」のもじりだもの。板東英二さんが歌ってたくらいだし。

1974年、中日が巨人の10連覇を阻止した記念の年に制作。
あれから実に32年、リーグ優勝すれども日本一を逃し、悔し涙が続く。
長かった、待ちに待った歓喜の「燃えよドラゴンズ」。

来年はヤフードームに行って「燃えよドラゴンズ」歌えるかなあ。
やっと中日のナマ試合見る気になれた(どーゆうファンだよ)

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2007.11.22

福岡市博物館の周り(1)

金印が展示されているのは百道浜の福岡市博物館。
博物館と総合図書館との間に建っているオブジェ。
Hakubutukan48

BSアンテナくっつけた…なんて言わないで。
大阪万博の太陽の塔にちょっと似ていると思う。

Hakubutukan47

正面顔…か?

福岡市は「彫刻のあるまちづくり」を進めていたので、町なかに彫刻やオブジェがあって楽しい。この塔は彫刻の範疇なのかどうかわからないが。
「福岡市彫刻のあるまちづくり設置彫刻一覧表」

ただ、こういうのは財政に余裕がないとなかなか難しいね〜。
上の彫刻一覧表を見ても、バブル時代にたくさん注文したのかなと思う。
そもそも福岡市博物館じたいが、大イベント+国の予算で建てたバブリー施設なんだけども(九州沖縄サミットで蔵相会合の会場になった)

数年後に「税金無駄使いの象徴」とヤリ玉に挙げられないよう、有効利用を望むものです。

2008.11.11追記:上の記事は不正確なので下記に訂正します。

そもそも福岡市博物館じたいが、大イベントで建てたバブリー施設なんだけども(アジア太平洋博覧会で建てられ、後に九州沖縄サミットの蔵相会合の会場としても使われた)。

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2007.11.20

志賀海神社--志賀島とシカ・カメ

金印のシンポジウムの前に、島内の志賀海(しかうみ)神社を散策した。

Sikanosima60志賀島(しかのしま)という名前は「鹿がたくさんいたから」という説もあるが、「近い島=チカシマ=シカシマ」であるとも言われている。

いずれにしても鹿と縁があり、神社内の「鹿角庫」(ろくかくこ)には鹿の角がぎっしり。
神功皇后が鹿の角を奉納したのが始まりとか。やはりこの近辺は神功皇后伝説がらみが多い。


Sikanosima64海に向いた遙拝所。ここの下に亀石がある。

亀石…これも神功皇后の話で、三韓出兵に祈願した皇后の前に、志賀大神が亀に乗って現れたとか。

ここから眺める海は朝鮮半島方面でなくて北東の方角。まっすぐ行ったら北九州市の沖なんで、朝鮮出兵祈願にしてはアサッテの方向になるのだけども。

古くから海の神として祀られたこの神社と、神功皇后の伝説が結びついたのだと思う。
志賀海神社が古〜〜くからの神社ならば、神功皇后や対朝鮮とは別の思惑があったのではないかと私の妄想が膨らむ。
(明治政府の神仏分離令、神社の統合再編により、大和王朝の系譜に組み入れられた神社多数かと。古い由緒があっても忘れられているのではなかろうか。)

そういえば神功皇后の本拠である香椎宮には亀(本物)がいっぱいいた。→香椎宮の亀さんたち(2007年5月13日「カメがいる--香椎宮」)

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2007.11.18

金印シンポジウム--漢委奴国王の謎(その3)

久米雅雄氏の説「委奴=イト=伊都」。
これはとても面白い。
1世紀〜3世紀頃の倭国の状況のみならず、金印発見時(江戸時代)のドサクサまで示唆するものだからだ。

久米氏は、伊都国は外交・政治において周辺の国々より大きな力を持っていたのではないか、と考える。

※魏志倭人伝の記述
「…到伊都国…千余戸 世王有皆統属女王国 郡使往来常所駐」
「至奴国…有二万余戸…」

3世紀頃、伊都国には千余戸の住民がおり、奴国には二万余戸の住民がいた。人口からすると伊都国は奴国よりはるかに小さいのだが、久米氏は「奴国には『王』の記述がないが伊都国には『世王有』とある。奴国は経済の中心地、伊都国は政治と外交の中心地、邪馬台国は宗教祭事の中心地として機能していたのではないか」と言う。

そして久米氏は視点を江戸時代(金印発見時)に移して、伊都国と金印との意外な接点を提示するのである。

金印発見の時代に何が起きたのか

金印が発見されたのは天明4年(1784年)とされる。

同じ天明年間(1781〜1788)に、筑前怡土郡井原村(現在の前原市)の鑓溝(やりみぞ)という所で農民が甕棺の中から多数の銅鏡や剣を発見した。
鏡などの破片は、周りで見ていた農民たちが持ち去ったという。

この銅鏡は後漢の時代のもの、つまり「金印と同時代」だそうな。
久米氏の考えでは、鑓溝にあったのは伊都国の王の墓。墓の副葬品として鏡、剣、そして金印があり、江戸時代の人たちがそれを持ち去って、経緯は不明だが志賀島に渡ったのではないか、と。

はー。そんなところで伊都国とつながるとは…。

※前原市の井原鑓溝遺跡については三雲南小路・井原鑓溝遺跡のサイトが写真入りでわかりやすい。井原鑓溝遺跡の存在は江戸時代の記録によるもので長らく特定されなかったが、最近の発掘調査で中国製銅鏡・ガラス玉が発見された(2005年)。

上記の、久米氏「金印は伊都国王の墓に埋葬された」説には他のパネリストから疑問・反論が出た。
岡本氏「伊都国を政治・外交の中心地とするには人口が少なすぎないか。江戸時代に井原鑓溝から金印が出たのなら、なぜその記述が一言もないのか」等。

…にしても、志賀島の金印が、古代にでなく江戸時代にヨソから持ってこられたものではないかという話は新鮮で面白いと思った。

井原鑓溝遺跡は今も調査が続けられているそうだし、前原(伊都国)だけでなく各地の発掘調査が進んで新発見があるといいなあ。

(シンポジウムの内容は配布されたレジュメと私のメモに基づくものです。パネリスト各氏の発言は録音を書き起こしたものでなく、ご本人の確認を得たものではありませんのでご了承ください)

Sikanosima69シンポジウムの帰り道、海の中道から南西方面・博多湾を見た風景。

右側の堤防が志賀島。向こうの山影は糸島半島(古代の伊都国)。

志賀島と伊都国に天からの光降り注ぐ。

金印の光は何処にもたらされたものなのか?

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2007.11.17

金印シンポジウム--漢委奴国王の謎(その2)

金印シンポジウムの続きです。
私の関心のメインは「漢委奴国王はどう読むか?」。

Kininkoen83

以前の記事でも書いた(「漢委奴国王の読み方」2007年4月3日)が、教科書や公的機関の定説である「カンのワのナのこくおう」は納得がいかない。

シンポジウムのパネリストのうち、岡本顕實氏、塩屋勝利氏、久米雅雄氏は「委奴=ワのナ」説は疑問であるとのことだ。

久米氏は中国語の方言論、印章の研究から「委奴」を「ワ」「ナ」と分けるべきでない、と言う。
また、「委」をワと読むのは「倭」を省略したと考えるからだが、国王を認証する印でそうそう字の省略などするだろうか、と述べていた。にんべんのあるなしは非常に重要なのだそうである。

久米氏は「委奴=イト=伊都」説を唱える。魏志倭人伝に出てくる伊都国(現在の糸島半島、前原市)である。当時の伊都国の政治的位置が高かったと見ている。

岡本氏は「奴をナと読むことにも異論が出ている」とし、読み方の説は実にたくさんあると言う。

折居氏は「奴国をナこくと読んでいいと思う」と言っておられたが、どうやら研究者の間でも「委奴=ワのナ」説は多数派とは言えないないようだ。

*  *  *

読み方は未だわからず、諸説紛々、であるならば、公的にも「カンのワのナ」と言わないで、いろいろある説の紹介とか注釈をつけたほうがいいんじゃないかなと思う。金印を所有する福岡市博物館でも「カンのワのナ」なのは何故なんだろう。

久米氏の「委奴=イト=伊都」説は興味深いが、委と伊は別の「イ」ではないかという話も聞く。この区別はどうなのかお聞きしたかったが、時間がなくて聞けなかった。質問したかったが、質問タイムが少なくて聞けなかった。
(続く)

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2007.11.16

金印シンポジウム--漢委奴国王の謎

11月3日に行われた、第1回志賀島歴史シンポジウム「金印、『漢委奴国王』の真実に迫る」の報告。

Kinin67パネリストは次の方々。

九州産業大学非常勤講師 岡本顕實氏
福岡地方史研究会会員 折居正勝氏
元福岡市教育委員会文化財部課長 塩屋勝利氏
大阪府教育委員会文化財保護課主査 久米雅雄氏

*  *  *

とにかく金印は謎だらけである。
はっきりしているのは、「江戸時代に志賀島で金印が出土した」ことくらい。
そして、この金印は「西暦57年に後漢の皇帝が倭の王に賜ったもの」であろうことはほぼ確実視される。
近年「金印ニセモノ説」が再浮上したが、「それはない」とのことだった。
X線で鑑定したところ、成分(金95%、銀4.5%、銅0.5%)は漢代の中国の砂金と一致していると。

しかし、それ以上のことはいまだに謎だらけなのである。

金印の謎リスト
・『漢委奴国王』はどう読むのか?
・委奴国とはどこなのか?
・金印出土は天明4年2月23日とされるが、本当にそうか?
・発見した人は百姓甚兵衛とされるが、この人のことがよくわかっていない
・出土は志賀島のどこなのか?
・なぜ土中に埋まっていたのか?

金印そのものだけでなく、出土にまつわる江戸時代の事情も謎である。
それをこのシンポジウムで認識できた。
(続く)

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2007.11.12

中日、アジアシリーズ優勝

中日ドラゴンズ、アジアシリーズも優勝。
おめでとう〜〜〜\^o^/

辛くも…だったけどね(岩瀬投手またまたお見事)。

初戦に負けた時は、

「こーゆうとこが中日なんだよなあ」

と、また自虐モードに逆戻り。
んでも、粘って最後は勝利をもぎ取った。

場所が東京ドームなんで観客も大入りとはいかず
(讀賣主催だからしょうがないのかな? 日本シリーズ結果で開催地を決めたら日程調整が間に合わないのか)
ウッズは帰っちゃうし川上は出てこないし
これで負けたらまた落合監督は叩かれまくりかい。

と、いささか憂鬱だったけど、
とにかく勝ちましたんで、中日の選手たち、地元ファンの皆さん、
祝勝パレードは堂々と喜びをわかちあってください。

(しかし…また明日の朝刊休み…orz)

※アジアシリーズって、ポストシーズン引っ張り過ぎで、良いんだか悪いんだかわかりませんな。日本シリーズで締めくくる癖がファンから抜けていないせいだとしても。やり方は考えた方がいいかもしれないなと思う。

ただ、北京オリンピックを控えて、海外チームとの戦い方を考える参考にはなったかと。

日本シリーズとアジアシリーズを通じて、江川卓氏の解説が鋭くて良かった。
学生時代と現役時代の江川氏はあまり好きでなかったが、名選手であり名解説者なんだとあらためて思った次第。
現役のときはさほどと思わなかった人で、解説を聞いたら感心した人は、ほかに大相撲の鳴戸親方(元横綱隆の里)がいる。
桑田選手もそうなりそうなんで密かに期待しています。

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2007.11.05

野球は面白い

まだ中日ネタ(^^;)
落合監督の采配について。

直後のTV番組で、野村監督が「10人監督がいれば、10人が交代させないでしょう」と言ったのだが、どうもそんなことはないらしい。野村監督も案外いい加減だね(笑)

他の監督の評価(SANSPO.COMより引用)

ソフトバンク・王監督
 「あの場面で個人記録は関係ない。負けたら札幌だったし、岩瀬でよかったんじゃないか。負けたときにどちらの策が後悔しないか。岩瀬でしょう」

オリックス・コリンズ監督
 「あの交代には驚かなかった。勝てるクローザーがいる。僕も岩瀬に代えていた。レギュラーシーズンならダメだけどね」

阪神・岡田監督
 「あら、代えるやろ。そら(岩瀬は)胴上げ投手やし。ウチはああいう完全試合はないけど、ウチやったら球児に投げさせとるよ」

過去の監督の評価

森祇昌氏
「よくぞ決断した」(日刊スポーツ)

上田利治氏
「勝ち切るためには当然の策」(デイリースポーツ)

他、交代を良しとする監督経験者数名。

批判的、あるいは自分なら交代させないという監督(経験者)もいるが。

監督経験者ではないが、阿波野秀幸氏の解説。(MSN産経ニュース

投手心理から「カウントが1−3になった場合、ノーヒットノーランならボールでもいいが、完全試合ならストライクを取りにいきたくなる。そうすれば本塁打 を喫する可能性もある」と分析し、「短期決戦で、しかも1−0だから個人のことよりもチーム。完全試合がかかっていなければ、交代に異論を挟む人はいな かったはず」と語った

これは納得いく解説だなあ。素人の私にもわかる。
こういう、選手の心理、一球・一打の意味、一球で流れがガラッと変わることもある怖さ…。野球の面白さはこういうところにもあると思うんだよね。
三振だ、ホームランだ、というわかりやすいとこにも面白さはあるけど。

「大記録にチャレンジすることが、勝つためにアレコレ考え決断するよりもはるかに価値がある」…そういう考えもあっていいけれど、それが絶対だ、そうでないのは冒涜だなんて、あまりに単純じゃないかな。

*  *  *

ところで玉木正之氏であるが、氏は「こんなんが野球だというなら野球ファンやめる」ということなので、王監督・コリンズ監督・岡田監督、森氏や上田氏のような名監督、投手だった阿波野氏…(ほか何名も)が支持する采配はスポーツへの冒涜で許せないはずだから、ぜひとも野球ファンをやめていただきたく。
ついでに、中日ファンの53年ぶり日本一の願いなんて大したもんじゃないと一蹴した玉木氏には、「スポーツの地域密着が大事」などとはけっして言ってほしくない。
TV観戦しているオレの夢とロマンが大事だと言い続けてほしい。

昔、「江夏の21球」というスポーツドキュメンタリー(NHK)があった。
山際淳司氏のスポーツノンフィクションを映像化したのだが、私はスポーツライター(ジャーナリスト)というのはこういうのを書く人かと思っていた。
世の中いろいろだね、本当に。

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2007.11.04

玉木正之氏のコメント(2)

スポーツジャーナリスト・玉木正之氏はこうも書いている。

タマキのナンヤラカンヤラ(以下引用)

11月1日(木)深夜
(中略)

しかし「金儲けをしてどこが悪いんですか」と嘯いた守銭奴の言葉が思い出されてならない。世の中おかしいで。いや邪推は止めよう。

う〜〜む。
「勝利至上主義」を「『金儲けをしてどこが悪いんですか』と嘯いた守銭奴」にダブらせているわけか。
しかし、そう見なすのだったら、こういう見方もできるんじゃない?

「『金儲けをしてどこが悪いんですか』と嘯いた守銭奴」
=儲け主義、営利至上主義、視聴率取れれば良い、ウケれば良い、勝つことより派手で面白いのが良い(儲かるんだから。地味なのは儲からん)

玉木氏が言った「守銭奴」とやらは、ホリエモンや村上氏を想定していると思うけれども、確かにホリエモンは

「額に汗してコツコツ働くなんてダサい。株で大儲け、楽して儲かるほうがいいじゃん」

みたいなメッセージを振りまいた。
これって、どっちかというと

「地味な守りの野球、パフォーマンスより勝利を考えるオモロくない監督、長年の中日ファンの悲願、シーズン通してドラゴンズのリリーフを務めた岩瀬で確実に勝ちに行く…よりも、滅多にない大記録のほうが派手で面白くていいじゃん」

に近いと思うんだが。
(勝利至上主義よりは「派手な記録が良い、ウケりゃ良い」のほうが拝金主義に近いと私は思うなあ)

まあ、世の中がどうとか、拝金主義の風潮だとか、そういう話を始めたら、いかようにもコジツケられるということだけどね。

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2007.11.03

「冒涜」の安売り--玉木正之氏のコメント

2007日本シリーズの第5戦。
山井投手が8回までパーフェクトピッチング。
しかし、9回表の日ハム攻撃で、落合監督は山井から岩瀬に代えた。
ナゴヤドームの観客からは「ヤマイ、ヤマイ」のコールも起きていた。

この監督采配はイロイロ言われたようである。
試合後、野村監督や星野仙一氏は「私なら交代させない。交代させるのは落合監督だけじゃないか」と。
一般のファンにも「山井を続投させるべきだったのに」と思った人が結構いた。
一方、「リリーフエース岩瀬の投入は中日の必勝パターン。あれでいい」という人も。

私は「9回も山井で行って、ランナーが出たら(ヒットでも四死球でもエラーでも)岩瀬かな」と思っていたけれど、9回頭から岩瀬でも、それはそれでいいんじゃないか、という考えだ。つまり落合監督の采配に文句はない。

山井はこの日は素晴らしかったけど、完投・完封実績があまりないんじゃないかな。
大事な試合の最後、すごく緊張する場面での投球ももちろん岩瀬がずっと上。岩瀬は何度もそんな時に投げてきている。
日本一がかかっている、本拠地最後の試合。絶対勝たねば、と思ったら、岩瀬という選択は悪くない。日ハム打線の不調ぶりから言えば山井で充分大丈夫そうだとはいえ、ここは盤石で行こう、と落合監督は考えたのだと思う。

監督采配に対して、外野である他チーム監督や解説者、評論家、一般ファンが異論を言うのは別段悪いことじゃないし、それもまたプロスポーツの楽しみだから自由に意見を言えばいい。

しかし、ですね。

こういうのってどうなんよ、と思うのがコレ。

玉木正之氏のブログ「タマキのナンヤラカンヤラ」(以下引用)

11月1日(木)
コラム2本書いて日本シリーズ。アッタマに来た。これが野球か!?野球の醍醐味はどこへ消えた!?ナンデ完全試合の山井を変える ねん。Wシリーズでもたった1回の記録をナンデ潰すねん!野球の最も美しい瞬間を消したのは誰や!スポーツに対する冒涜や!これが野球やというのであれば 俺は野球ファンをやめる!これが落合野球やというなら…。日本一になったんやからサッサと辞めてほしい。午前中に中日新聞に優勝予定稿のコメントを電話で 送っていたが急遽電話して削除してもらう。100年に1度あるかないかの凄い興奮の瞬間よりも53年ぶりの優勝を確実にしたかったというならナント小心な 夢のない野球か!本当に気分が悪い。

結論を言えば「ならサッサと野球ファンやめなはれ」なんだけど。

「(一人の投手の)完全試合見たかったな。残念だ。」という意見であれば理解できる。
でも、「スポーツに対する冒涜」てアンタ…。
「一人の投手の完全試合(という記録)」が、他の何より大事、中日53年ぶりの日本一や本拠地勝利よりも優先して目指すべき。と当事者の中日の監督が考えないと冒涜になるという考え方は納得いかないですね、私は。

一般ファン(非・中日ファン)の人の意見でも「落合采配は夢がなくてつまらない」「空気が読めない」というのがあったけど、そりゃあね、玉木氏や非・中日ファンは落合監督と「優先するもの」が違うんだよ。

落合監督・中日の選手・中日ファン・中日球団関係者 の優先順位は

 日本一>本拠地で胴上げ>一人の投手の完全試合

玉木氏・非中日ファン の優先順位は

 一人の投手の完全試合>(あとは何もない、中日勝とうが日ハム勝とうがどっちでもいい)

なんだから。

当事者の中日の監督に「第三者の夢」押しつけて、思う通りしてくれないと「冒涜」ってなんじゃそりゃ。

名古屋地区では日本一記念セールでデパートやスーパーが安売りしているが、「冒涜」の安売りは勘弁してほしいよ。

※中日ファンの中にも「山井に続投させてほしかった」という人がいるのは承知している。だけど、中日ファンはじゃあ岩瀬が出たらブーイング、「冒涜だ、つま らん」と言ってドームから帰っちゃったのかい? 岩瀬や落合監督に卵でもぶつけたのかい? 日本一を「意味ない!こんなの認めない」と言っているのかい?
ドームの中日ファンは歓喜で胴上げ見てたじゃないか。ドーム外のファンも大喜びしてたじゃないか。「できれば山井の完全試合だったらもっと良かったけど、でも日本一になって良かった」というのが中日ファンだし、落合監督は日本一の期待に応えたのだ。

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2007.11.02

中日ドラゴンズ日本一おめでとう

私の長くて辛い一週間が終わった。
それも、最高の終わり方で!

中日ドラゴンズ、日本一だ! ヤッター\(^o^)/

なにせTVのナマ中継見るのがもう怖くて怖くて(笑)
先日は日ハム先発ダルビッシュだから負けてもしょうがない。
札幌で勝てばいいよ、くらいに思ってた。
途中1-0で勝ってるのを確認してTV視聴は自粛。

そしたらお節介な友人が試合経過を電話で報告してくるんだな。
「今んとこノーヒットノーラン」

え゛・・・うそぉ。
山井が?
山井投手には失礼だけど、にわかには信じがたく。
でもこの友人は嘘は言わないのだ。ただ「どっちが勝ってる」と言わないだけ。
中日が点取ってるのは確かだから・・・
「うわー、本当に今日で優勝決められるかも」
急にソワソワしてしまった。

山井投手はなんと8回までパーフェクト。その後の岩瀬もパーフェクト。
2人で完全試合で勝ったではないのー!

実に長い長い「日本シリーズ出ると負け」に、ついに終止符が打たれた。
ああ良かった。
これでもう思い残すことはありません。
私が生きているうちには日本一になれないかも…とさえ思ってたのに。
選手のみなさん、落合監督、本当にありがとう。お疲れ様でした。

これで来年からの日本シリーズは、少しは気楽に見られるかも。
たとえまた負けても「こういうのは勝ったり負けたりだから」と思えるから。
今までは「負けたり負けたり負けたり…」だったもんね。

*  *  *

余談1)山井投手、面白い選手だねー。5試合目に先発するくらいだからだいたいそれくらいの投手なんだけど。対西武の日本シリーズでも活躍したし、案外「シリーズに強い投手」として今後も中日の救世主になるかもしれず。

余談2)中日の呪縛が解けたところで、今度はホークスの「ポストシーズン(CS)勝てない呪縛」が続くかもしれないな…と、別の心配事が出てきてしまった。
ホークスへの思い入れはさほど無いけど地元だしね。まあ50年ちゅうことはあるまいと思うが。

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