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2007.11.20

志賀海神社--志賀島とシカ・カメ

金印のシンポジウムの前に、島内の志賀海(しかうみ)神社を散策した。

Sikanosima60志賀島(しかのしま)という名前は「鹿がたくさんいたから」という説もあるが、「近い島=チカシマ=シカシマ」であるとも言われている。

いずれにしても鹿と縁があり、神社内の「鹿角庫」(ろくかくこ)には鹿の角がぎっしり。
神功皇后が鹿の角を奉納したのが始まりとか。やはりこの近辺は神功皇后伝説がらみが多い。


Sikanosima64海に向いた遙拝所。ここの下に亀石がある。

亀石…これも神功皇后の話で、三韓出兵に祈願した皇后の前に、志賀大神が亀に乗って現れたとか。

ここから眺める海は朝鮮半島方面でなくて北東の方角。まっすぐ行ったら北九州市の沖なんで、朝鮮出兵祈願にしてはアサッテの方向になるのだけども。

古くから海の神として祀られたこの神社と、神功皇后の伝説が結びついたのだと思う。
志賀海神社が古〜〜くからの神社ならば、神功皇后や対朝鮮とは別の思惑があったのではないかと私の妄想が膨らむ。
(明治政府の神仏分離令、神社の統合再編により、大和王朝の系譜に組み入れられた神社多数かと。古い由緒があっても忘れられているのではなかろうか。)

そういえば神功皇后の本拠である香椎宮には亀(本物)がいっぱいいた。→香椎宮の亀さんたち(2007年5月13日「カメがいる--香椎宮」)

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