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2007年12月

2007.12.25

長崎新幹線--佐賀県知事に異議あり!(2)

温泉地の浮揚に新幹線はどれほど効果があるか?

佐賀県サイト「新幹線のメリットは?」より抜粋(要約)

A2:(温泉)
 「武雄温泉駅」「嬉野温泉駅(仮称)」は、それぞれ温泉街から近い場所に造られ、新幹線駅から温泉街まで歩いていけるという全国でもあまり例を見 ない利点を持った新幹線の駅となる。
 嬉野温泉は、現状では博多から
特急+バスで約1時間40分、高速バスで約1時間55分(1日3 便)かかるが、新幹線整備後は、博多駅から直通で1時間程度になる。

「駅から近い」「博多から1時間程度」…このアクセスの良さで温泉地に客が大勢来る、というのである。

しかし、他の温泉を考えると、この考えはどうだろう?

例えば九州のみならず全国でも人気の高い由布院温泉と黒川温泉。
この2温泉は大都市から近くて便利、とは言えない。

由布院には特急が止まり、高速道路もあるが、博多から特急で2時間。
黒川温泉は近くに鉄道がない。高速道路からも離れている。福岡市から車で約2時間30分。

「近くて便利」を言うなら、新幹線をつくるまでもなく、現状の武雄温泉、嬉野温泉のほうがよほどアクセスが良いのである。

なのに、来客数は由布院温泉が400万人、小規模な黒川温泉が115万人、武雄温泉が115万人、嬉野温泉が100万人 だそうである(いずれも年間の客数)。

温泉地の人気を得るのには、交通アクセス、近さはあまり関係がないということだ。武雄や嬉野が由布院・黒川に来客数で負けてしまっているのは、交通アクセスゆえではない。理由は他にあると考えるべきである。

地域全体の交通の便が悪く、都市部から非常に遠かった所が、新幹線等で格段に近くなり、口コミでも知られて人気の観光地になる、ということはあるだろう。
しかし、武雄温泉、嬉野温泉ともに、既に充分交通アクセスの良い場所にある。
新幹線で武雄温泉は10分の短縮、嬉野温泉は30〜40分の短縮。これくらいではさしたる変化はないだろう。開業当初は「新幹線で行こう!」という宣伝で少しは増えても、新幹線と「近さ」だけ連呼しているなら、おっつけ客数は元に戻ると思う。

たぶん、武雄温泉、嬉野温泉の人たちも、「新幹線で客増える」なんて思っていないのではないか。
西日本新聞社が今年7月の参院選に際して行った佐賀県内の世論調査では、「長崎新幹線が必要」は34%、「不要」は59.1%だった。県内10市のうち多久市以外は「不要」が上回ったそうだから、新幹線駅予定地の武雄市、嬉野市でさえ市民は待望していないのだ。
(過去のエントリで「必要:28% 不要:56%」と書いたのは佐賀新聞社の調査)

*  *  *

「スハネフ14 WEBSITE」の作者・shindaisakuraさんは、新幹線に依存するのでなく、街の雰囲気づくりなどを工夫して観光振興すべき、と主張する。
由布院温泉・黒川温泉を例に挙げて考察されているので、お読みいただきたい。
(「スハネフ14 WEBSITE--長崎新幹線に対する管理人の意見(6)観光地にとって、新幹線は必要か」)

その他にも長崎新幹線についての意見が述べられ、鉄道ファンらしく細部にわたってよく考えられている。
上記本文中の温泉来客数は同サイトから採らせていただいた。ただし、黒川温泉の来客数は「『黒川温泉』ってどんなところ?」の数値を用いた。

※ところでshindaisakuraさんは高校生なのである。高校生がこれだけきちんと将来の社会、地方のあり方を考えていることに感銘を受けた。大人たちは若い世代に多大な負債のツケ回しをしちゃいかんよ、とつくづく思う。 

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2007.12.24

街で見かけたイルミネーション

福岡市東区某所
Xmas240

何のお店だろう? 店舗っぽく見えなかったのだけど。

一般住宅の家主さんががんばったのか。

Xmas247

そのあと食したケーキ、ではなくてプリン。
子どもがいないといい加減になる。イブの夜じゃないし。
おまけに逆向きに撮影してしまったわ。

購入先はOPERAです。

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2007.12.22

長崎新幹線--佐賀県知事に異議あり!(1)

佐賀県知事は長崎新幹線建設をモーレツにプッシュしている。

例えば、佐賀県サイト「新幹線のメリットは?」で、3つの理由を挙げる。

しかしその内容は眉唾ものだ。
以下は同サイトからの抜粋(要約)と、私の感想。

1. 佐賀県西部に2本目の高速鉄道網ができる
  (長崎本線に新幹線が加わる)

「2本目の高速鉄道網」というのは話が違うだろう。
新幹線開業によって、長崎本線は肥前鹿島から諫早まで特急の通らないローカル線になる。だから「高速鉄道は西方面の新幹線に1本化」というべきだ。
そして、新幹線のルート、武雄温泉--嬉野温泉--新大村に沿って、高速道路(長崎自動車道)が通っているのである。

これは佐賀県西部の交通網としてバランスが悪いのではないか。

現状では、
・肥前山口から南方面へ長崎本線(特急あり)
・肥前山口から西方面へ佐世保線(特急あり)
・武雄の北から嬉野温泉を通って大村へ高速道路

と、3方向に高速鉄道と高速道が通っている。なかなか良いバランスだ。
なのに、わざわざ(多大な税金投入して)西のほうに偏らせてしまうことになる。

〈鉄道と高速道〉現状と新幹線開通後の比較(新幹線ルート等は大雑把です)
Saga01_3Saga02_3

佐賀県知事なら県内の交通網を全体的に考えれば良いのに、なんでこんなふうにしたがるのだろうか。
なにも長崎本線(有明海沿い)に特別の大金をかけることはない。こっちを新幹線にするとかも必要ない。現状で「かもめ」が海沿いを走っていればいいのだ。
それでも、トンネル掘ってフリーゲージを採用してつくる新幹線に20数分しか負けないというのだから。

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新幹線つくってる場合かい?(4)--ストロー効果

前回紹介した佐賀県サイト「新幹線整備の経済効果」では「ストロー効果」について一番下で触れている。

(※ストロー効果:交通網の開通により、中継地点が衰退したり、より大きな都市に人が流れて他の都市が衰退したりすること)

鹿児島新幹線開業により、鹿児島県外から県内への買い物客等の波及効果は165.7億円。県内から県外への波及効果は48.4億円。したがって鹿児島県にとってはプラス効果がマイナス効果の3倍であった。
だからストロー効果は心配ないですよ、という主旨。

こういうのを佐賀県のサイトで「新幹線推進」PRとして書くセンスって?

鹿児島新幹線=部分開業、鹿児島が終点、沿線最大都市は鹿児島市(開業部分)
長崎新幹線=長崎が終点、佐賀は中継地点、沿線最大都市は福岡市

このような違いがあるのに「鹿児島ではこうだったから、ストロー効果の問題はない」と書く気が知れない。

むしろ、新幹線開業で鹿児島県にとってプラスがマイナスの3倍あったということは、その分熊本県が割くってると思うのだが(単純にマイナスが3倍、ではないにしろ)。佐賀県は割をくう立場じゃないかなあ。

このサイトを作った人、「あれ? じゃあ佐賀県は長崎県や福岡県に吸い上げられてしまうんじゃ?」と思わなかったのかな。思っているのであえてこのデータを載せたとしたらある意味偉いと思うけど。

佐賀市の場合、新幹線に関係なく既にストロー効果は現れている。福岡市に近いため、買い物などは福岡に出かけてしまう佐賀市民が多いのだ。
新幹線の佐賀--博多区間の時間短縮がわずか5分なので、新幹線がどれくらい影響するかはわからない。ただ、料金は確実に上がる。たった5分縮まっただけで。
佐賀県民の世論調査で「新幹線必要:28% 不要:56%」の結果が出るのも道理である。
(ダブルスコアで不要が多い。福岡市オリンピック招致と同じだ(^^;))

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2007.12.21

新幹線つくってる場合かい?(3)--観光振興になるのか

新幹線ができると観光客が増え、地域活性化する。

と推進派は言うのだが、これは本当だろうか。

「新幹線開業により、前年の在来線と比較して乗客が大幅に増えた」という。
佐賀県サイト「新幹線整備の経済効果」

JR乗客数としてはそうなんだろう。
しかしJRだけ見るのでは一面的なので、旅客全般とか観光客数はどうなんだろうかと調べてみたら、こういう資料があった。

「新幹線開業と鹿児島市観光」(PDF)
図表2 新幹線開業前後の観光客数(宿泊・日帰合計)推移

山形市(山形新幹線1992年開業)・秋田市(秋田新幹線1997年開業)・長野市(長野新幹線1997年開業)・八戸市(東北新幹線2002年延伸)・鹿児島市(九州新幹線2004年開業)
の開業前年〜開業後3年までの観光客推移のグラフである(鹿児島市は開業後1年まで)

八戸市を除くとこんな傾向がうかがえる。

開業の年は観光客が増えるが、翌年からは開業前の水準に戻ったり、かえって以前より減ったりしている。

長野市の開業年の増加が異常に多いのはオリンピックと善光寺ご開帳があったため。
八戸市は開業後1年目、2年目も高水準を保っている。これは他市と違い知名度が低く(県庁所在地ではない)、新幹線によって認識度が上がったのだろう、とこのサイト作者は見ている。

新幹線開業で「必ず」観光客が増えるとは言えない。場所によりけり、ということだ。

長崎市の場合、知名度は元から高いので、八戸よりは秋田市、山形市、長野市のパターンになるのではないかと思う。時間短縮が30分以下だから「新幹線で便利になったから、これまで来なかった客が来る」のもあまり期待できないのではなかろうか。

*  *  *
〈追記〉
近頃「大都市と地方の格差」「地方の衰退」がよく言われるが、「衰退する地方」の代表として出てくる県が、上の「近年に新幹線開業した県」だったりする。
地方の衰退にはいろんな要因があるが、「新幹線では衰退に歯止めがかからない」のだと思う。そりゃあ、開業時に(もの珍しさで)乗客が増えただけ、ではね…。

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2007.12.20

新幹線つくってる場合かい?(2)--利益享受と税金投入

なぜJR九州は長崎新幹線をつくりたがるのか? 経営に「大余裕」なんかないのに。

答えは簡単で、

長崎新幹線建設費用は国と自治体が出してくれる。JRは負担しなくていい。

からである。
これを「上下分離方式」というそうだ。
「JRは負担しない」を正確に言うと、

JRは施設を借りて賃料を払う。ただし、利益の範囲内で。

一方、在来線の改修や整備はJRが自前で負担しなければならない。
だから新幹線が良いのだ(JRにとっては)。

なあんだ。これでは国鉄と同じではないか。税金でつくってやるんだから。
一体国鉄を民営化した意味があるのかと。

鉄道事業に税金投入すること一般が悪いとは思わない。
生活の基盤になっている鉄道(や公共交通)ならば公的に面倒みて維持してもいいと思う。
だけど、長崎新幹線で結ばれる地域には既に在来線がある。
新幹線と比べて30分も違わないような路線が。
まるきり公共交通がない地域にコミュニティバスを走らせたり、高校生が通う鉄道維持などとは事情が異なる。投入する税金額もケタ違いだ。

小泉首相以降、政府が叫んできた「構造改革、財政再建、税金の無駄遣いをなくす」のスローガンは、こと新幹線に関してはまったく範囲外ということなんだろう。なにしろ整備新幹線の音頭をとっているのが小泉氏の派閥のボスだからして、新幹線は聖域なんだわな。

新幹線だったら国がどーんと金を出すというしくみ、いつまで続けるのか。
これをやっているから、国も自治体も借金が増えるのだ。
そういう「ぜいたく品つくって国が金を出す」を実行し、結果、大借金を抱えてしまった自治体が、今、国から見放されて大変なことになっている。

整備新幹線事業は同じ未来を辿るのではないかと思う。
国が鉄道に金を出すのは、ATMATS装着とか、災害復旧とか、踏切整備とか、そういうのに補助したらいいんじゃないのか。
なんでたった30分の短縮に血道を上げなくてはならないのか、まったくもって不思議。

※長崎新幹線について、よくまとまっているレポートがあったので紹介する。
 長崎大学のゼミ学生のレポート(PDF)らしい。少々古いが事情は今も同じだと思う。

*  *  *
追記〉
「在来線の改修や整備はJRが自前で負担しなければならない。」と書いたが、100%自前、ではないらしい。国からの補助も一応ある。
在来線の改良:国の補助が26.7% JRと地元自治体が73.3%
整備新幹線:国の補助が66.7% 地元自治体が33.3%(そのうち地方交付金が15%あるため、実質地元負担は18.3%)

在来線改良に使える国の予算は全国で4億円くらい。
国の補助があるにしても、新幹線とはえらい違い。

それにしても、「長崎--博多を20数分短縮したいので、北海道から沖縄まで全国の皆さんの税金○○○○億円ください!」って、すごい地域エゴと思わない?
鹿島市長に対して「地域エゴで新幹線に反対している」という批判があったけど、「地元の鉄道が第三セクターになりひいては廃線になってしまう」という危機感からの“エゴ”のほうがよほど理があると私は思う。
「但馬牛食わせろ」と「おにぎり食べたい」くらい違いがある…。

訂正〉
ATMじゃなくてATSだった。なんか変だなと思ったんですがうろ覚えで…。

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2007.12.19

新幹線つくってる場合かい?長崎県・佐賀県(1)

朝日新聞の報道(12月18日)によると

長崎新幹線着工へ合意
・並行する在来線をJRが20年間継続
・赤字は長崎・佐賀両県が補填

だそうだ…。

う〜〜〜〜〜ん。

長崎新幹線って必要なのか?
博多--長崎 は、新幹線ができても時間短縮は28分程度。
博多--佐賀 に至っては 5分の短縮。
2700億円の投入に見合う効果とは思えないが。

JRや長崎県によると、新幹線だと運行本数を増やせるから、客が増える。
2.3倍くらいになる、という。

でも、長崎ランタンフェスティバルのときに博多から長崎まで特急(かもめ)に乗ったら、結構空いてたよ。
長崎市有数のイベントのときにですよ。
長崎市は観光事業が割と上手いし、そこそこ賑わっていた。
それで「席が空いてる」のに、これ以上、2倍も客が沸いて出るかなあ?

長崎から大阪方面へ便利になるのは確か。といっても30分ちょっと早くなる程度だから、飛行機利用客を劇的に奪うのは無理そうな気がする。

そして、新幹線から外れる肥前山口--肥前鹿島--諫早の在来線は赤字路線化。
これが毎年1億円の赤字と見込まれるそうだ。
そんな犠牲をはらってもおつりが来るほど新幹線で潤うことは、残念ながらないのじゃないか。

ふと思い浮かぶのが、諫早湾干拓(堤防閉め切り)による有明海沿岸漁業者の苦難。

在来線は肥前鹿島から諫早まで有明海沿いに通っている。
新幹線はその路線をまるまる置き去りにする。
もう一度捨てられてしまうのか、有明海沿岸。

だいたい、長崎県も佐賀県も、財政は苦しいはず。離島や山間地を抱えているし、福岡市みたいにしばらく人口が増える大都市もないし。
新幹線事業に投資している場合だろうか。

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2007.12.18

筑紫野の蕎麦屋さん「源(gen)」

福岡から国道3号線を南下し、二日市温泉をちょいと過ぎて天拝山のほうへ上る。

田畑や養殖場があり、山里の雰囲気が残る一帯。
ここの一軒家で営業しているのが「江戸東京そば 源(gen)」。

Gen180_2

せいろそば。
セットメニュー「水源」は、この「せいろ」と「辛味大根おろしそば」の組み合わせ。
大根おろしがとってもおいしい(おそばはもちろんのこと)。
大根はこれくらい辛いのが「大根おろし!」という気分になります。信州から取り寄せたとか。


Gen182_2

卵焼き。こちらもお薦めです。


Soba325_2

お座敷から眺める庭もまた良し。
年季の入った石灯籠。
そば屋さんになる前はどんなお宅だったのだろう…と想像を掻き立てられる。

お食事が終わっても、しばらくのんびりしていたい。
そんなお店です。


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キャナルシティのクリスマス(2)

Canal230_2 去年に続いて「小さな家シリーズ」

Canal219_3


Canal224_3 テーブルの表面に
光が映り込んだ
Canal231_2

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2007.12.17

キャナルシティのクリスマス(1)

キャナルシティ博多のクリスマスイルミネーション。
数年ぶりにデザイン一新されていた。

Canal205_3 メインオブジェは切り紙のようなイメージ

Canal204b_4
トナカイの顔も折り紙のお面ふう

Canal212_3
Canal200_3

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2007.12.16

神仏分離のあとさき

この頃お寺や神社に行くと気になる「神仏習合/神仏分離」。
長い歴史のある寺社でも、昔からのたたずまいを続けているのでなくて、明治維新を境に姿が変わってしまった。
神仏分離令(1868年)の前までは、同じ境内に神殿と仏寺・仏塔があったり、神殿内に仏像や仏具があったり、神主さんの代わりに住職がいたり…が当たり前だったらしい。

探してみたらこんな古図があった。

安楽寺天満宮境内絵図(江戸時代初期と推定される)
(「九州諸国の塔跡」)
太宰府天満宮に三重の塔、五重塔、九重塔が…。今はもちろん存在しない。

筑前筥崎八幡宮三重塔・多宝塔(筥崎宮境内古図)
筥崎八幡宮の中に三重塔(室町時代の古図)。

同サイトには神仏分離令の時の様子が書かれている。

筥崎宮神仏分離に関する調査」         明治維新神仏分離資料より、筑紫頼定氏報
仏像仏器などは仏臭として箱崎鯨須磨にて焼却す。内陣木像をも同地にて焼却す、石灯篭は台石蓮華を形作するをい以って放生池に沈め、また境内に埋める、ま た今まで社僧たりし者、発令におよび、地蔵尊および同寺本尊などの像を縄にくくりて町中を引き回し、或は石像・木造の首を打ち落とし、寺の位牌経書仏画を も火に納めたる行蹟があった。

世に言う廃仏毀釈の、なんという狼藉。お年寄りが見たら「罰当たり」と言いそうな。

神社にあった仏像や仏教建築の多くは破壊・焼却され、いくつかは寺に移された。

難を逃れた仏像・建築物 移送状況の例:
・筥崎八幡宮の護摩堂・灯籠堂・弥勒菩薩・十一面観音→恵光院(筥崎八幡宮近くの寺)へ
・櫛田神社横の神護寺にあった六角堂→東長寺へ(神護寺は廃寺)
・宇美八幡宮の薬師如来・阿弥陀如来・弥勒菩薩→須恵町の新原地蔵堂へ

こうして見ると、もったいないというか残念だなーと思う。
上のような大きな神社に如来や弥勒菩薩や仏塔があったら、更に趣があったのに。
破壊焼却された仏像・建築に至ってはもう見ることができないし。

スサノオとか応神天皇をご神体とする宮に仏様がいちゃいかんかったのか。
「南無八幡大菩薩」と武士は唱えたんだから一緒でいいではないかと。
明治政府もセコいことを…。

こういう伝統破壊があった神社を今の私たちは見ているわけである。「悠久のたたずまい」のような気がしていながら。

私も古い寺社が大好きなのだが、最近は「この神殿に仏像があったのかな」「神社のこのあたりに三重塔があったのか」等と脳内でイメージして見るようにしている。
NHKスペシャルで「江戸時代以前の神社再現CG」をやってくれたらいいのだが、ほとんどニーズないかしら。日本の宗教を考える上で、また、明治維新の検証として、面白い視点だと思うんだけどね。

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2007.12.15

光明寺--仏と鳥居

太宰府・光明寺(光明禅寺)の石仏。
観音像の一つ。このスタイル(頭のかぶりもの)は慈母観音---大船とか久留米の大観音が有名---かと。歴史は割合新しそう。
Komyoji137

石仏の隣りに観音堂、その奥の端にひっそりと赤い鳥居があった。
「天明稲荷」とある。

Komyoji140

光明寺はこの稲荷神社と一緒の寺社だったのだと思う。

多くの寺、神社には敷地内にお寺と神社の両方がある(明治以降創立の寺・神社を除いて)。
近代以前の日本の人は神様仏様を一緒に信仰していたのだ。
明治政府の神仏分離令がその光景を変えさせた。

光明寺の本尊と十一面観音は、明治維新前には太宰府天満宮にあったとか。
神仏分離令により、天満宮から仏像が移された。天満宮の名前も「安楽寺天満宮」から現在の「太宰府天満宮」に変わったそうである。

→光明寺の仏像の写真:一緒に行ったヒゲカズさんのブログ

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2007.12.13

太宰府--光明寺の石庭と落葉

先週末の光明寺(光明禅寺)。
紅葉はもう過ぎて落葉になっていた。

Komyoji127

お堂前の庭。落ち葉の溜まる所がだんだら模様。

 

Komyoji133

中の庭。
石庭に葉が落ちて、渦巻きが鮮明になっている。

光明寺は九州で唯一石庭がある寺だそうだ。
建造は鎌倉時代。

Komyoji131

お堂から前の庭を見たところ。
向こうの民家の木に柿がいっぱい成っている。
柿の木とお寺は、昔の日本の風景の良いモチーフ。
「柿食えば 鐘が鳴るなり…」

光明寺は太宰府天満宮のすぐそば(参道途中を右に入る)にあるので、このあたりは風致地区として建築規制があるのかもしれない。
周囲に今ふうの家やビルや看板はなかった。

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2007.12.07

悲しみの博多港--「その時歴史が動いた 戦後引き揚げ」

NHK「その時歴史が動いた」、12月5日の放送は「戦後引き揚げ 660万人故郷への道」。

敗戦直後、海外からの引き揚げ者が最も多かったのは博多港だった。
昨年の夏、NHK福岡放送局が特集番組を組み、市立総合図書館で「博多港引き揚げ展」もあった。

あの当時、日本人誰もが傷つき苦労しただろうが、特に悲痛さを思わずにいられなかったのが、性被害を受けた女性たちだ。
せっかく日本に辿り着きながら、博多港に身投げしてしまった女性。
妊娠し、ひそかに中絶手術を受けた女性。
彼女たちは、日本に逃れる混乱の中で、ソ連兵などに乱暴されたのだった。

当時は一般に中絶は許されていなかった。厚生省が特別に中絶手術を薦めたという。
その時の通達。
「異人の汚れた血の混じった児の出生を防がねばならない」云々

勝手なもんだなぁ。
産めよ増やせよと言ってみたり、産むなと言ってみたり。
暴行されて妊娠してしまった女性たちにとってはやむを得ない選択であったろうが、中絶を薦める政府の理由が「汚れた血」なのか。

Hakatakou88

現在の博多港。
中央のオレンジ色の物体は、引き揚げを記念したモニュメント。
「那の津往還」という名前の彫刻で、船の一部をかたどっている。

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2007.12.06

JR鹿児島本線・廃線跡と旧箱崎駅

JR鹿児島本線沿いにある福岡銀行駐車場に、旧線の枕木が保存されていた。

Senro57

Senro58

↑「枕木の思い出 そのむかし、この敷地に鹿児島本線がありました」

そのむかし、と言ってもそれほど昔の話ではなくて。
2004年に鹿児島本線箱崎駅が移動新築されて、吉塚--箱崎間の高架化が完成したのである。路線そのものの廃線ではないが、これも廃線跡のひとつ。

撤去工事中の鹿児島本線・旧線(2004年春)

箱崎--吉塚の踏切から。

Haisen04_2_2

左側に新しい高架路線が見える。

旧箱崎駅の跨線橋。

Haisen04_8

旧箱崎駅は小さく可愛い駅だった。今の箱崎駅は各駅停車しか止まらない駅(1日に1本快速停車)にしては立派になった。

この区間の高架化は沿線住民の長年の願いだったそうです。
(踏切で子どもが事故に遭ったとのことで…)

吉塚駅も小さな駅舎だったのが全面高架化によりやはり大きく広くなった。
都市近郊の駅はどんどん姿を変えていきますなあ。

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2007.12.01

香椎宮の鳴戸部屋

大相撲九州場所開催中の鳴戸部屋。
Kasii119
鳴戸部屋と稀勢の里ののぼり。

Kasii120
稽古部屋の前。
稀勢の里、若の里ののぼりがあった。
同部屋の隆乃若が引退してしまったのは残念。

隆乃若は鳴戸親方の弟子で若の里とともに期待された。
関脇に上がった時は大関も間近かと言われたが、故障に悩まされ、幕内下位から十両で低迷するようになった。
再び幕内に…と願っていたけど、とうとう秋場所で引退したとのこと。
うーん、寂しい。大型で身体が柔らかく、大鵬みたいな力士になると思ったのに(それにイケメンだし)。

隆乃若は長崎県平戸市・生月(いきつき)の出身。
平戸に行った時、入った喫茶店には隆乃若の写真やグッズがたくさんあった。
地元の人たちも残念でしょうね。
長い間お疲れ様でした。>隆乃若関

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