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2007.12.15

光明寺--仏と鳥居

太宰府・光明寺(光明禅寺)の石仏。
観音像の一つ。このスタイル(頭のかぶりもの)は慈母観音---大船とか久留米の大観音が有名---かと。歴史は割合新しそう。
Komyoji137

石仏の隣りに観音堂、その奥の端にひっそりと赤い鳥居があった。
「天明稲荷」とある。

Komyoji140

光明寺はこの稲荷神社と一緒の寺社だったのだと思う。

多くの寺、神社には敷地内にお寺と神社の両方がある(明治以降創立の寺・神社を除いて)。
近代以前の日本の人は神様仏様を一緒に信仰していたのだ。
明治政府の神仏分離令がその光景を変えさせた。

光明寺の本尊と十一面観音は、明治維新前には太宰府天満宮にあったとか。
神仏分離令により、天満宮から仏像が移された。天満宮の名前も「安楽寺天満宮」から現在の「太宰府天満宮」に変わったそうである。

→光明寺の仏像の写真:一緒に行ったヒゲカズさんのブログ

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