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2008.02.08

明日香村の大きな石室--真弓鑵子塚古墳

奈良県明日香村の真弓鑵子塚(まゆみかんすづか)古墳が、同村の石舞台古墳より大規模な石室であることがわかったという。
(朝日新聞2008年2月8日付朝刊)

時代は6世紀中頃。
石舞台古墳は蘇我馬子(551?〜626年)の墓と言われる。それより前の時代で、大規模な墓を造った人というと…、天皇家の人かしらと始めは思ったのだが。

和田萃(あつむ)・京都教育大名誉教授は「渡来系の東漢氏(やまとのあやうじ)の墓ではないか」
猪熊兼勝・京都橘大教授は「馬子の父、蘇我稲目の可能性もある」

内部から見つかったのは飾り金具やミニチュアの土器であると。
被葬者のお骨はなかった。

写真を見ると石室内部(玄室)はとても広い。内側の高さは4.7mもある。
後世の高松塚古墳やキトラ古墳は、壁画装飾が豪華だけれど内部は狭くて修復作業がすごく大変そうだった。

同時代の天皇・皇族のお墓はどうなんだろう。
いかに大豪族といえど、天皇家より大きな墓を造れるものなのか。
大きさと身分は関係ないのだろうか。

天皇陵(と宮内庁が指定している古墳)は発掘調査ができないので、研究が進まず誠に残念だ。

最後にヘタな歌をひとつ。

 石積みの工人の技(わざ)残りても
 主(あるじ)の姿まだ知らずして

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