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2008.03.25

さよなら島原鉄道(2)--沿線風景

深江のあたりから雲仙普賢岳が見えてきた。
Simabara595_3

山肌には火砕流のあとが残る。
噴火のときの凄まじい映像を思い出す。
(あらためて、亡くなられた方のご冥福をお祈りします)

土石流に流された傾斜地のあとにはビニールハウスがたくさん建って、ミニトマトや柑橘類の栽培がされているようだった。

Simabara598_2

ローカル線には菜の花がよく似合う。

駅名表示板の「長崎県南高来郡南有馬町」は合併前の町名。
今は南高来郡8町が合併して南島原市になっている。
最近の(といっても2006年)合併のせいか、表示が修正されずに駅廃止になってしまった。
廃線になる区間はほとんどが南島原市だ。

「浦田観音」の次の駅「原城」は、島原の乱(1637〜1638年)で天草四郎時貞率いる一揆勢が立てこもった城。
原城の跡がどこかに見えるかな…と一生懸命見たのだけど、さっぱりわからない。
それもそのはずで、原城跡は線路より海側にあるというのに、山のほうばかり見ていたのだ。
原城は現役のときは「海のすぐ前」であったらしい(城は、戦国時代には戦いに有利なように地形の厳しい場所につくられ、江戸時代に入ると領地支配しやすい広い場所に築城される、ということがあるようだ。筑前領主の名島城→福岡城みたいに)。

海側の風景。
水平線の向こうに熊本県宇土や天草が霞んで見える。
Simabara628_2

島原鉄道は、片側に山の景色、もう一方に海の景色を見ることができて、観光列車として良い素材を持っていると思う。
しかし、沿線に中規模以上の都市や有名観光地がない から、鉄道運行は赤字を累積するばかり。残念だけど廃止もやむをえないのだろう。

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