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2008.03.01

福岡城のお堀とレンコン

福岡城のお堀に関して、こんなエピソードがある。

明治11年(1878)、福岡県は肥前堀と中堀(紺屋町堀のこと--引用者注)で蓮根の栽培を始めた。
(「古地図の中の福岡・博多」海鳥社・刊 宮崎克則・編 p.36)

お城の堀で蓮根栽培ですか(^^)
なんだか、のどかというか牧歌的な感じがするが…。

同書によれば、二つの堀は明治26年に黒田家に下附され、蓮根の収益金は修猷館(中学校:現・県立修猷館高校)と光雲神社(黒田如水・長政を祀る神社)に寄付されたとか。
黒田家(旧藩主)の人々は明治維新後東京に移住したはずだけど、福岡の堀の所有権を持ったということかな?
蓮根栽培の作業は誰がしたのだろう。旧藩士がボランティアでやったんだろうか。
(元武士が水に浸かって作業するとも思えないので、使用人にやらせたとか)
修猷館に寄付というのは、福岡藩の藩校だった縁だろうが、その頃はもう県立の学校になってたんじゃ…。
当時の契約関係はようわかりません。

そういえば今も福岡城のお堀にはハスの葉がいっぱいある。
しばらくしたら城内の桜も咲くし、花見に行ったときは「お堀で蓮根栽培」を思い起こすことにしよう。

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