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2008.03.04

邪馬台国シンポジウム

「〜邪馬台国徹底検証 第1弾〜 九州vs畿内」シンポジウムに行ってきた。
(3月2日、福岡市中央区天神 都久志会館にて)

Yamataiお馴染みの(笑)邪馬台国論争である。

江戸時代から

「邪馬台国は九州だ」「いや、畿内(大和)だ」

と、主に二手に分かれて、果てしのない論戦が続いている。

今、ホットな話題でもないのに、会場は大入り満員。
定員600人のところ、応募者は1,100人だったそうだ。
やはり邪馬台国は人気があるのだ。
(事前にネットか葉書で応募し、私は幸運にも当たったのです)

講演:
基調講演「魏志倭人伝と邪馬台国」 明治大学文学部長 吉村武彦氏
【九州説】「弥生王国成立と巫女(ふじょ)王卑弥呼共立の過程」 佐賀女子短期大学学長 高島忠平氏
【畿内説】「邪馬台国大和説の夢を語る」 奈良大学名誉教授 水野正好氏

討論:
コーディネーター 九州大学名誉教授 西谷 正氏
パネリスト 吉村氏 高島氏 水野氏

*  *  *

この論争は、今すぐに決着のつく話ではない。
1日どころか数か月討論を続けたところで、結論は出ない。
各説の依って立つところが違っているからだ。

私の関心事は「邪馬台国どこにあった?」ではなくて、弥生時代後期からヤマト王権成立に向けて、社会がどう変わったのだろうか、というあたり。

「魏志倭人伝」の読み方など、論点は何度も繰り返されているけれど(各国への行程放射説・連続説、距離と方角の矛盾解消法、等々)、そうこうしているうちに弥生時代と古墳時代の考古学的背景が変わってきたわけで。役者は同じだけど舞台装置と照明効果が違ってきたみたいな感じかな。

最近の研究成果から邪馬台国がどう捉えられているか…に触れることができたらいいな、と思いながらシンポジウムを聞いたのだった。

(内容は後日書く予定)

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