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2008.10.01

路面電車軌道がS字カーブだった理由(わけ)--天神西交差点

福岡市内に路面電車が走っていた頃、天神の西に急なS字カーブの“難所”があった。

なにしろ、開通のときにこんなありさまだったらしい。

「福博電軌」の開通式では、来賓を乗せた11台の花電車が東公園から西公園へ向かった。
しかし、途中にある大名町のS字型カーブで1台の電車のポールが度々外れ、見物の人垣の中で車列は止まってしまった。

(「大名界隈誌」/「明治・大正・昭和 新聞ひろいよみ福岡史」新聞切り抜き、福岡市総合図書館蔵):「古地図の中の福岡・博多」 宮崎克則・編 海鳥社 pp.27〜28より引用

電車軌道がS字カーブになったのは、江戸時代の道路が「食い違い状」になっていたためである。城下町の道路は防衛のためにあえて見通し悪く作られていたのだ(下図参照)。

明治維新後、この食い違い道路の角に教会が建てられた。
Daimyo

路面電車ができたのは明治も43年になってから。
ここにはすでに教会があったから、電車軌道は教会の土地をよけてカーブにせざるをえなかったという話である。

その教会。大名町カトリック教会。
Church392

壮大な塔。
Church395

このあたりは大名町というくらいで江戸時代には福岡藩の重臣・重役たちの屋敷があったところだ。
福岡城下の一等地をキリスト教会が取得したいきさつはよくわからない。
維新直後、キリスト教はまだ禁教で、長崎のキリシタンなどは獄に繋がれ、苦難を受けた。明治政府の方針が変わってキリスト教はようやく日の目を見、文明開化のかけ声もあってここに教会を建てることができたのだろう。

S字カーブを苦労して走った路面電車はもうない。
しかし、直下にできた地下鉄路線はやや緩くなりながらもカーブを描き、道路も「食い違い」の面影を残している。

Church396

大名町カトリック教会前から天神西交差点を臨む。左に大きくカーブしている。

城下町の趣はすっかり消失したが、不自然な道路に江戸時代が残っている、福岡市の中心部である(全国の城下町にこんなところがたくさんあるだろうなあと思う)。

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