« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

2009.01.27

福岡市地下鉄の今後(3)

以前描いた「福岡市地下鉄計画」(「福岡市地下鉄の今後(2)--あなたならどうする?」2008年2月9日)の図が少々まずかったので訂正。

Subwayplan2

訂正箇所:天神南駅から中洲川端を通り博多港に至る路線(計画(2))は2つの川を過ぎるまでR202の下を通り、キャナルシティ北で曲がって中洲川端方面に向かう。
(訂正前はもっと手前で緩やかに曲がるように描いていた)

今年になって浮上した「キャナルシティ経由博多駅」延伸案(上の案(A))は、計画(2)と途中まで同じルートがかなりある。
天神南から中洲方面に少しトンネルが掘られているらしいが、どのへんまでできているのか確かな情報が見つからない。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009.01.21

映画「感染列島」--たくさんあれば良いってもんじゃない

映画「感染列島」(東宝・TBS)を観た。

とにかく、すごい映画だった。

何がすごいかって…

ご都合主義が(笑)

それと、アレコレ詰め込み過ぎだ。

・人気の妻夫木聡の主演でいきたい
・パニック・ムービーにしたい
・ヒューマン・ドラマにしたい
・感染爆発(パンデミック)の恐怖
・疫病と人類の戦い
・ラブストーリーで感動を!
・家族愛・人と人のつながりで感動を!
・医療現場を描きたい
・貧困問題を入れたい
・環境問題も入れたい
・風評被害など今の社会への警告
・推理サスペンスな展開
・Dr.コトーも良い
・政府・官僚・アカデミズム批判
・スケールの大きさ

……

いっぱい入れれば良いってもんじゃないっつーの。

とりあえず、一番上の狙いだけはうまくいったようだが。

あとはたいてい中途半端。
入れすぎて逆効果。
ストーリーが無理っくり。
感染爆発も描けていないし、人間も描けていない。

制作したTBSのサイトによると、

このオリジナル脚本の日本映画に、20数カ国におよぶ配給オファーがあり、さらに、作品完成前であるにもかかわらず、ハリウッドメジャーがリメイクに意欲 を示すという異例の事態まで巻き起こった。

えー? ハリウッドがリメイクに意欲? そりゃまた何故?

しかし、次の文章を読んでナルホドと思った。

北村想さんのブログ「北村 想のポピュリズム--映画情報『感染列島』

この映画、海外でも上映されるのかな。映画の「感染が起きた東南アジアの地の描き方」に嫌なものを感じた私としては、とっても憂鬱。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.01.18

福岡市地下鉄、延伸にGo!…となるか?

1月17日、朝日新聞朝刊
「七隈線 天神南--博多案 検討/福岡市地下鉄 建設費450億円」
西日本新聞に解説あり。

ちょうど1年前には「七隈線延伸1600億円と試算」の記事が出ていた。
この延伸案とは当初の計画のことで、

(1)天神南から中洲川端経由、博多港へ 
(2)薬院から博多駅へ

の2ルートのこと。これをつくるには約1,600億円かかると試算されている。
今回出てきた延伸案は「天神南からキャナルシティ前を通って博多駅」のルート。

私もこれがベターではないかと思う。

※地下鉄延伸案まとめ図はこちらに→「福岡市地下鉄の今後(2)--あなたならどうする?」(2008年2月9日)

福岡市は「天神南--キャナルシティ--博多駅」延伸の建設費を450億円と試算した。当初計画の2方向延伸1,600億円(1方向あたり800億円)と比べるとかなり安上がり。

距離が短いからだそうだが、薬院--博多駅とさして違わないのに、そんなに安くなるの?(まさか、この案を通したくてバイアスかけてるんじゃないよね?)

聞くところでは、天神南駅から中洲方面に少しトンネルが掘られているという話だが…(当初、中洲川端に延伸するつもりでつくったらしい)。それをそのまま博多駅方向に延ばせるなら良いのだけど。

薬院--博多駅ルートの約半分の建設費というのはなぜなのか、もう少し情報を出してほしいところだ。

仮に天神南--博多駅ルートの費用がもっとかかるとしても、延伸はしたほうが良いと私は思う。七隈線がそこそこ採算がとれているならこれ以上の地下鉄建設をしなくていいけれど、あんな「宝の持ち腐れ」状態ではねぇ。

七隈線開業以来、「不便だから延伸しろ」→「いや、財政難で難しい」→「七隈線の客を増やさんといかん」--「乗客が増えんのは不便だからだ」→…の無限ループに陥った地下鉄計画。

このあたりでいよいよ延伸に向けて動き出すだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.11

映画の看板師が描く「博多の祭り」

映画の看板を描いていた画家の絵画展「はかたの祭り 正月編」が行われている。

画家は城戸久馬之進(くまのしん)さん(故人)。
映画全盛期の昭和30〜40年代に中洲の映画館の看板を描き、「映画看板の神様」と呼ばれたそうだ。
看板描きを引退後、博多の祭りを油絵で描いていたという。

会場は「博多百年町家」の立石ガクブチ店(博多区大博町)。
今回の展示は「筥崎宮玉せせり」「十日恵比寿」など、お正月の祭り風景。

1月15日まで(11時〜19時)。入場無料。

立石ガクブチ店とは、こちらで書いたお店のこと。(「博多の歴史を静かに語る」2007年10月23日)

「はかた博物館」として、博多の歴史を語る会を開いたり、古い町家の紹介をしたりしている。

はかた博物館のサイト

映画の看板を描く仕事、昔憧れていたなぁ…。
看板師の取材をしたこともある(博多じゃないけど)。

今は手描きで看板を作ったりはしないんだろうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.08

筥崎宮--注連縄・幟旗

「玉せせり」の時に撮影。

Tama809

玉洗い儀式に使う水桶。

この注連縄(しめなわ)・注連飾りにいつも惹かれる。

小さなものから特大級まで、また、デザインもいろいろあるけれど、稲藁と植物とシンプルに折った紙(紙垂:しで)の組み合わせ、たまりませんなぁ。

注連縄はいつ頃からあったのだろう。やはり水田稲作が定着した弥生時代からかな。

その時代に紙はまだなかったし、奈良時代になっても非常に貴重だったから、紙を付けるようになったのはかなり後の時代だろうと思う(昔は紙でなく木綿を使ったそうだ)。一般家庭の注連縄や、祭りの期間に町内に張り巡らせる注連縄にもふんだんに紙垂を使うのは、ひょっとして明治以降なのかもしれない。

紙垂の形にはバリエーションがあって、「吉田流」「白川流」「伊勢流」などの名前がある。上の写真は吉田流になる。
(参照:Wikipedia「紙垂」

もうひとつ、神社に来るとしげしげ見るのが幟旗。

Tama810

真っ青な空に白い幟旗。

筥崎宮は「筥崎八幡宮」であり、祭神は応神天皇。
八幡はヤワタ・ヤハタとも読むから、応神天皇とハタは縁が深いのかな。

なんでも、卑弥呼が魏から旗を贈られた、と魏志倭人伝にあるそうだが。
旗を掲げて戦うイメージは応神天皇がぴったりだなーと思う。

倭王武が上表文に書いた「祖禰(そでい)自ら甲冑をつらぬき、山川を跋渉(ばっしょう)し…」の「祖禰(先祖)」は、応神天皇でもあるだろう。
(倭王武が雄略天皇だとすると、応神天皇はひいおじいさんにあたる)

※倭王武は雄略天皇ではない、そもそも倭の五王は大和王朝の天皇とは別人だ、との説もある。
が、4世紀末から5世紀に西日本で大きな勢力を持った王がいたのは事実だろうし、その王を後世の武家が武人の神・八幡様と尊崇したので、王は大和でも九州王朝でもどちらでも良いのではないかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.07

筥崎宮--玉せせり

1月3日に「玉せせり」を見てきたので写真をアップ。
「玉せせり」は筥崎宮の神事で、約500年前に始まったそうだ。

Tama800

玉洗いの儀式。
陰・陽、2つの玉を洗い清め、櫃(ひつ)に納める。
少し小さい陰の玉を納めたところ。右に置いてあるのが陽の玉。

Tama804

陽の玉も納めて縄で縛る。

玉はここから250m先の玉取恵比須神社に神官が運ぶ。そして玉の「競り合い」をして再び筥崎宮に戻ってくる。始めは子どもたちが競り合い、大人の男衆にリレーする。

Tama812

筥崎宮鳥居の前で待つことしばし。
いよいよ玉が来た(^^)
競り合うのは陽の玉のほう。
博多祇園山笠のように水が掛けられる。山笠は真夏だからいいけれど、今の季節は冷たいよね。でも、玉を取り合っている男衆は熱くなるのかな。

Tama819

玉に触れるとご利益があるらしい。
ラグビーやバスケットの攻防のごとく激しい取り合い。

Tama826

境内に入って続く玉の競り合い。
水に濡れて玉が光っている。木製だけれど重さは8kgあるそうな。

Tama831

楼門で神官が待ち構え、玉を手渡す。
玉せせりは陸(おか)側--馬出--と海側--箱崎--の競い合いだそうで、最後に手渡したほうが勝利。陸側が勝つと豊作、海側が勝つと大漁。

楼門の前に来るともうワケがわからない状態なんだが…。陸側が勝ったとアナウンスがあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.06

お正月仕様のコーヒー

香椎の珈琲屋さん「Nanの木」はお正月も営業していた。

香椎宮が近くにあり、初詣の人も立ち寄るようだ。

Nan784

Nan781

コーヒーに金粉!

こういうのは初めて。

おいしくいただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.05

地下鉄の赤字

約1年前のエントリにコメントをいただき、いろいろ考えることがあったので新たにエントリを書いた。

↓1年前のエントリはこちら

福岡市地下鉄の今後(1)」(2008年1月24日・記)

コメント

>七隈線が2年続けて60億円台の赤字。他線(空港線、箱崎線)の黒字を
>食いつぶしてなお全体での赤字を出しているという現実がある。
仙台市交通局のホームページの
南北線経営状況
http://www.kotsu.city.sendai.jp/zaimu/sub/21keiei/19index.htm
の特に
●総論編【総論・収入・支払利息・減価償却費】
http://www.kotsu.city.sendai.jp/zaimu/sub/21keiei/souron.htm
この辺を読まれてから
福岡市交通局
http://subway.city.fukuoka.jp/index.html
の経営状況を調べてみてはいかがでしょうか?

投稿: poppy | 2008.12.30 22時29分

ご紹介いただいたサイトを見た。

「●総論編【総論・収入・支払利息・減価償却費】」のページ内容は、かいつまんでいうと

「地下鉄事業には多額の建設費・設備費がかかり、多くの借金をして行う。その借金の利息支払や減価償却費がかかるため、地下鉄の営業収支は始めのうちは膨大な赤字にならざるを得ない。しかし、それら(利息・減価償却費)は年を経れば減少し、営業は黒字に転換する」

ということだろう。同ページは仙台市地下鉄南北線の「赤字」を上記のように説明している。

さて、それを踏まえて私の書いたエントリを読み直すと、「赤字」の内容を検討していないために不備な書き方があることに気づいた。

さりとて、延伸せずに放っておけば毎年60億円程度の赤字(七隈線のみでは)。

吉田市長は、2年連続60億円台の赤字という結果を見て、さすがに看過できないと考えたのだろうか。こんな状態が10年続いたら600億円の赤字になってしまうから。

(「福岡市地下鉄の今後(1)」2008年1月24日 より引用)

今後も年60億円の赤字が続くだろうという書き方だった。

地下鉄事業の支出内訳で大きいのは利息支払と減価償却費なのだから、これは誤認というものだ。

上の記述は今後の赤字をオーバーに見ていたので、撤回する。

  *  *  *

しかしながら、地下鉄七隈線の経営状態が悪い、という認識に変わりはない。

4年前に開業した七隈線が赤字なのは仕方ないとして、問題は赤字の額ではないだろうか。

2005年度:67億円の赤字
2006年度:62億円の赤字

開業前の「計画」ではどうだったかというと

2005年度:31億5500万円(赤字)
2006年度:27億8900万円(赤字)

予定だったのである。両年度とも、実績では35億円前後赤字が多くなってしまっている。(数字は福岡市交通局のサイト>交通局のご案内>経営状況>財政収支計画「福岡市高速鉄道財政収支計画(3号線)」(PDF)より)

各年で35億円ほど赤字が多かったのは、「乗客数が見込みの5割以下」という実態がそのまま反映されていると思われる。

(「計画」では乗車料収入の予定が

2005年度:67億9500万円
2006年度:68億9800万円

だったが、実際の乗客数は5割以下なので、乗車料収入もこの半分以下だった計算になる。数字は上と同じ「福岡市高速鉄道財政収支計画(3号線)」(PDF)から採った)

支出のうち、利息支払と減価償却費は減少するとしても(※)、予定より30億円以上少ない運賃収入、というのは非常にイタイ。

福岡市交通局は、七隈線の単年度収支は平成27年度(2015年度)に黒字になり、累積でも平成38年度(2026年度)には欠損金が解消する、と予測している。

だが、収入のほとんどを占める乗車料収入が「予定の半分以下」を続ければ、この黒字転換予想も大幅に違ってくる。「福岡市高速鉄道財政収支計画(3号線)」の表で計算すると、平成50年(開業35年目)になっても黒字になりはしないのだ。

自治体の事業は利益を出すのが目的ではないし、公共交通の充実は営業収支に直接現れないメリットがたくさんある(住民の利便性向上、交通渋滞の緩和、交通事故減少、資源や環境への影響、等)。だから少々の赤字であってもやるほうが良い事業はある。

…だけれど、甘すぎる見通しのもとに多大な税金を投入し、財政を圧迫することになるのは困ったもんだよねぇ…。

※補足

利息支払は年を追うごとに減少し、いずれゼロになるが、減価償却費はゼロになるわけではない。鉄道施設・車両が老朽化して、改修や新車両購入をする必要があるから、事業を続けていればずっとかかる費用ではある。ただ、事業を始めた当初のほうが減価償却費が高額だということのようだ。

仙台市交通局のサイト「●総論編【総論・収入・支払利息・減価償却費】」にもそのへんのことは一応書いてあるけれど、「減価償却費は順次減少し、あとは低いところに留まる」という印象を生じさせるような書き方だと思う。福岡市地下鉄の財政収支計画を見ると、必ずしもそうではないのだが。施設改修・車両購入時期になれば、一旦減った減価償却費がまた増えたりする。そこをぼやかしているのはちょっとズルイかなと。当事者(交通局)のサイトだから都合の悪いことは書かないのだろうけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.01.04

新春の香椎宮--鉄道と寺社詣り

いつもは静かな境内が、さすがにお正月には露店が出て賑わっていた。

Kasii785

Kasii787

本殿に参拝する人々。

そういえば、ビートたけしの出たテレビ番組で「初詣が一般に広まったのは明治時代。鉄道が通るようになってから」と言っていた。
(3日午後8時54分〜「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」日テレ系)

考えてみれば、そうだわなー。
鉄道がない時代、寺社にお詣りしようと思ったら泊まりがけになる人も多かっただろう(村にある小さな所でなくそれなりに大きな寺社に行くなら)。そう気軽にササッと行けませんわ。

同番組によると、初詣を盛んにしたのは鉄道会社のキャンペーンだったとか。
乗車賃割引とか終夜運行とか景品付きとか、種々のサービスで「お詣りに行こう!」と…。

ここ福岡でも九州初の鉄道(当時の九州鉄道:博多〜久留米)を宣伝して「太宰府天満宮に日帰りで行ってこれる」と新聞記事に書いている。
また、筑前参宮鉄道や宇佐参宮鉄道(※)といったそのものズバリの鉄道も大正時代にできた。

寺社詣りは近代化の騎手たる鉄道によって広まったわけで、古いようで新しい「伝統」なのだなー、と思うことしきり。

※筑前参宮鉄道は実態としては参拝客よりも沿線にあった炭坑の石炭輸送がメインだったんじゃないかと思うが。両参宮鉄道は既に廃止されている。

Kasii792

おみくじの隙間から本殿を見る。

Kasii796

「香椎造り」といわれる本殿の屋根。建立したのは福岡藩主。

Kasii797

露店で「梅ヶ枝餅」ならぬ「梅枝餅」を売っていたので笑えた。

梅ヶ枝餅は太宰府天満宮の名物なんで。太宰府は菅原道真の「東風吹かば」の歌で梅と縁が深いけれど、香椎宮の祭神・応神天皇や神功皇后は梅とは関係なかったんじゃ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »