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2009.07.18

博多祇園山笠--山笠を支える加勢町・加勢衆

博多(昔からの博多。那珂川と御笠川に挟まれた区域)の人口はあまり多くない。
現在、約15,000人。

なのに山笠で山を舁(か)く人、走る人、「こんなにいるのか〜?!」というくらい大勢いるのである。

それは、加勢といわれる、博多部以外から参加する人々の存在が大きい。

加勢には、個人で加勢する加勢衆・加勢人と、町単位で加勢する加勢町とがある。

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写真は中洲流の人たち。集団山見せ(7月13日)の帰り、中洲とは反対方向に帰る。旗に染め抜かれた「満津若」は加勢町の名称。加勢町はこの通り(大博通り)よりも東にあるのだろう。

加勢は江戸時代からあったという。

博多の山笠は江戸時代初期には走らなかった。飾り山を舁き歩き、途中で昼飯を食べるくらいゆっくりしたものだった。
それが1730〜1740年の頃、先行する山に追いつこうと走るようになった。「追い山」の始まりである。
5kmの距離を走るのだから、舁き手が終始同じではスタミナがもたない。交代して速度を保とうとする。それには人手が必要だ…

というわけで、流以外の人を応援に呼んだのだ。博多周辺の町・村(江戸時代なので村が多かったろう)が加勢に入ることになった。

※江戸時代の追い山・加勢の始まりについては「民博共同研究会 『ストリートの人類学』竹沢尚一郎」(PDF書類)を参照した。竹沢氏は山笠の祭りが盛大になり、加勢を必要としたことと、博多の町の自治が強くなったのが同時期であることを考察していてとても興味深い。

千代流・中洲流は区域的には博多部外であるが、加勢による参加を経て、戦後に流として独立した。

近年は博多部の人口減少もあり、個人の加勢が増えているという話だ。規模の大きい博多祇園山笠には、博多の生まれ育ちでない人の参加も欠かせないだろう。特にこれからは少子化も進行するし。

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