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2009.07.16

博多祇園山笠--追い山2009(3)走る飾り山

追い山後半の楽しみは、走る飾り山・上川端通の山を見ること!
大博通り、東長寺方面へ急ぐ。

上川端通の山が見えた。

Oiyama412

表の標題は酒呑童子。後でテレビ放映を見たら、口からシューシューと煙(ドライアイス)を吐いていた。

頂上にすっくと伸びた竿と旗。この大きさ、このカタチは江戸時代の山笠の姿を伝えるものだ(江戸時代には高い飾り山をそのまま舁いた。明治になって電線が張られるようになり、舁き山の高さが制限されたのだ)。

江戸時代の山笠の絵図がある。

→「筑前名所図会 巻二 山笠櫛田入の図」(九州大学デジタルアーカイブ)

文政4年(1821)、奥村玉蘭が描いた絵図。

人や櫛田神社の鳥居・門と比べて、山笠がとても高いのがわかる。
よく見ると、台上がりの人は法被のような衣服を着けているが、舁き手は上半身裸で締め込み一丁だ。それにしても山の豪華なこと!

※余談:鳥居の前に僧侶が並んでいる。江戸時代は神仏習合で、櫛田神社の管理者は東長寺。同寺の住職が神官を兼ねていたそうである。今でも東長寺・承天寺に献納するように、神社の前で住職に拝礼していたのではないだろうか。

Oiyama414

白い旗がたなびいて、江戸時代の絵と同じですねー。

見送りは「助六由縁江戸桜」。三浦屋の揚巻があでやか。

Oiyama418

…と、旗が中に収納された。この後、上段にいる「髭の意休」まで内部に入ってしまい、全体の高さが低くなる。

上川端通の山はこのような仕掛けも楽しい。仕掛けのために重量が増えて、通常の舁き山の2倍、いや3倍ほどの重さになるというのだが、舁き手たちは懸命に舁いてくれた。

Oiyama422

上川端通商店街に帰ってきた山。

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