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2010.03.12

ブラタモリ--六本木を遡れば「軍」「武」

3月11日の「ブラタモリ」は六本木編。

六本木といえば、大人の街、ナイトクラブとか…、歌謡曲や小説からそんなイメージだったかな(私の子どもの頃は)。
しかし、江戸時代には広大な大名屋敷が並ぶお堅い所だったわけで。
毛利家、伊達家など、有力大名の上屋敷や下屋敷。一つの屋敷だけでも相当広いが、それがいくつもあった豪邸街である。

明治維新後、大名屋敷の多くは新政府に土地を明け渡し、官の施設がつくられることになった。
そのへんのことをこちらに書いた→冬の華「江戸東京博物館(広い大名屋敷)」

六本木にあった大名屋敷は、特に陸軍の施設になったそうな。
番組では当時の写真、その頃を知る人の話も出てきた。
えらくいかめしい雰囲気だった様子。機関銃を子どもがまたいだら、担当の兵隊が上官からビンタ食らったって…。

「今は軟弱な街だけどね〜」(タモリ・談)
軟弱になったのはもちろん敗戦後。占領軍(進駐軍)が闊歩し、アメリカナイズのさきがけとなった。そしてネオンの街へと変貌する。

現在、元大名屋敷、軍施設だった場所には高層ビルが建つ。東京ミッドタウン、六本木ヒルズと、今を象徴する所が多い。

面白いのは「国立新美術館」。
軍施設だった場所が戦後に公園や公共施設になる例は多いのだが、ここは陸軍歩兵第三連隊の兵舎を一部だけ使用して美術館の別館にしている。
歩兵連隊の兵舎だから建物はたいして立派なつくりではない。地味な3階建の建物。全体ではすごく広かったのだけれども、そのごく一部を残して背面・側面をカーブにし、コンパクトな美術館(別館)にリフォームしたのだ。
こんなふうに昔のモノを使っているの、好きだなあ。

東京の国立近代美術館や西洋美術館は有名だけど、ここは知らなかったな。…と思ったら、設立は2007年だ。→国立新美術館のサイト

ところで、ブラタモリは今回が最終回となる。終わってしまうのは残念だけど、こういう番組にしては長くやってくれたほうじゃないかな(始めは単発で終わりかと思った)。

東京には案外に江戸が残っているものだと、あらためて感心した番組だった。
たとえ面影がすっかり変わって高層ビルになった場所であっても、徳川家康のまちづくりや政策が影響しているんだね。参勤交代制は広大な大名屋敷を都心部に置くことになり、幕府終焉後の首都整備、戦後の再開発にも微妙にカタチを残している。あの世で家康は「そんなことになろうとはの〜」と面白がっているかも。

東京に限らず、どこの街にも歴史がある。そのカケラを見つけて歩くのは楽しいことだよね。
私は博多のブラkirikoをつれづれに続けていこうかな♪

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