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2010.12.25

1960年代、「児童手当」の構想とその後

児童手当は1972年に始まったが、構想は60年代からだったらしい。

その頃児童手当はどのように考えられていたか、濱口桂一郎さんの「hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)--『高度成長の時代2 過熱と揺らぎ』」)に書かれている。

『高度成長の時代2 過熱と揺らぎ』
第6章 1960年代の児童手当構想と賃金・人口・ジェンダー政策(北明美)
児童手当=子ども手当を雇用システムとの関係で考えるのは、60年代には基本認識だったわけですが、それがねじ曲げられていく姿を詳しく描き出していて、この問題に何か言おうという人は必読です。
(hamachanさん)

以下、同ブログから抜粋・要約(青字)

1960年:国民所得倍増計画
「年功序列型賃金制度の是正を促進…すべての世帯に一律に児童手当を支給する制度の確立を検討する必要」
1963年:児童福祉白書
「年功序列の賃金体系から職務給へ移行する態勢にあり、賃金でカバーできない児童の生計費を別個の体系で保障する必要が生じてくる。…大企業以外では年功序列賃金さえとられていないため、児童手当制度の実施は緊急性がある」

約50年前(!)に、こうした認識があったのだ。

ところが、労働運動は児童手当制度に消極的だった。
年功序列賃金が職務給に移行されると賃金引き下げになる、とりわけ中高年の賃金低下になることを恐れたためだ。

経営側も職務給への移行に消極的になり、児童手当にも消極的になる。

そしてもう一つ、厚生省(当時)の中に↓このような考え方があった。

厚生省児童家庭局長の黒木克利氏です。黒木氏は、青少年の非行、社会的不適応、神経症、精神病などの激増は母親の就労が原因であり、母親の保育責任をすべての大前提とする保育政策を打ち出していきます。(中略)
母親が在宅育児をする場合には児童手当に加えて「妻手当」を支給するが、母親が就労する場合には児童手当を減額することも考えていたそうです。
(hamachanさん)

かくして、60年代初頭に提案された児童手当には、経営側も労働組合も厚生官僚も積極的にならず、「男性正社員の年功序列賃金」と「世帯主の所得税扶養控除」中心の子ども(子育て)政策が続けられた…

児童手当は1972年に始まったものの、当初は「第3子以降、5歳未満」という限られた対象のものだった(その後対象年齢を拡大したかと思えば第2子・第1子まで広げる一方で年齢を下げたりとコロコロ変わっているが。Wikipedia-児童手当「児童手当制度の主な改正」参照)。
1960年に「すべての世帯に一律に児童手当を支給」とあったにもかかわらず、限られた範囲の手当になったのは、今のように財源だの財政赤字だのという理由ではないだろう。
男性正社員による家族扶養主義を、経営側も労働組合も官僚も政治家も好んだからだ。
その人たち自身、家族を扶養できる男性がほとんどだったし。

※上記引用中の「厚生省児童家庭局長」は、現在は厚生労働省雇用均等・児童家庭局長となっている。郵便不正事件で冤罪被害にあった村木厚子さんの元ポストである。
「青少年の非行…(中略)の激増は母親の就労が原因」なんて言う人が児童家庭局長だった時代から数十年、子どもを保育所に預けながら仕事を続けた女性が局長になったのは、社会も少しは進んだのだなと思う(もっと早くからこういう人がなれれば良かったのにと思うけど)。

自民党政権の家庭・子ども政策は長い間、「3歳までの乳幼児は母親が家庭で育てるべき」という考え方だったが、厚生省の児童家庭局長が露骨に「青少年非行等の激増は母親の就労が原因」と言っていたことは今回知った。
こうした路線が、今の待機児童問題、保育所不足につながっていると私は思う。

ところで、hamachanさんはこうも書いている。

北さんは幾ばくかの期待を込めつつ、
>だが、男性世帯主の年功的な賃金上昇と賃金家族手当があればことは足りるという考えが、児童手当制度の前に立ちふさがることはもうないであろう。代わりに現れつつあるのは、同一価値労働同一賃金原則の確立を目指し、同時に市場や労働市場から相対的に独立な社会的所得の意義を承認する人々の運動である。
と述べられるのですが、さあどうでしょうか。

私も「うーん、どうでしょうかね…」と、いささか悲観的になってしまう。hamachanさんは悲観的に言ったのかどうかわからないけれど。

「男性正社員の年功的賃金」が溶解し非正規労働者の増加、非婚・離婚の増加が進んでいるのは確かなのだが、年功的賃金の恩恵をたっぷり受けてきた人たちは、現役からリタイヤしても「子育て世帯に国から手当を出すこと」を甘えだとか無駄なバラマキだとか思う人が多いかもしれない(その人たちは企業からの賃金・手当、税金控除でバラマいてもらったことは意識せずというか忘れちゃってるというか)。
年功的賃金にも正社員のメリットにも浴さない若い単身者たちは、自分らは子どもを持つことすらできにくい境遇であることから、子育てを社会全体で支えることに共感せず、自己責任論に行ってしまうかも(こういうのを「肉屋を支持する豚」と形容する向きがあるが)。

バラマキ反対!自己責任でやれ!というのは、結局のところ高齢者世代も若い単身者も、一部の人を除けばシンドイことになると思うのだが。

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