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2012.10.13

市町村合併で地域の名称が逆転する

この前、大分県の長湯温泉に行ったのだが、この温泉は竹田市(たけた、と読む)にある。

しかし竹田市で今ひとつピンと来なかった。長湯温泉のある直入町が合併で竹田市になっていたからだ。

平成の大合併で多くの□□町が消滅し、△△市になっている。△△市域はとても広く、地域の感覚がつかめない。
「こんなところまで△△市なのか?」と。

直入町が竹田市になったのは2005年。荻町、久住町、(旧)竹田市と新設合併した。
旧・竹田市の中心部と直入町はかなり離れているが、合併するのは道理のあることである。
旧・竹田市も直入町も、直入郡に入っていたのだ。

明治22(1889)年、町村制施行により、直入郡の20町村が発足した。唯一の町が竹田で、他19は村。

竹田は江戸時代には岡城(滝廉太郎の「荒城の月」で有名)の城下町だった。
その後町村合併があり、竹田町は竹田市になって直入郡を抜けた。

直入町は明治22年には存在せず、長湯温泉のある長湯村が長湯町になり、下竹田村と合併して直入町になったのが昭和30(1955)年。

そして平成17(2005)年、旧・竹田市と直入郡の3町が合併。直入郡に残る町村はなくなり、消滅。

明治時代の直入郡は、一部地域を除くほとんどの郡域が竹田市になった。

かつては「直入郡竹田町」だったのが、「竹田市直入町」と、広域名と小域名が入れ替わっちゃったのだ。

直入郡という名は奈良時代の「豊後国風土記」に出ている。「なおりのこおり」と読む。
それからずっと、この地域の郡名であり続けた。
郡域がほとんど今の市域なら「直入市」でも良かったと思うが。
竹田市が先にできたから、やはりそちらの名称になるかな。滝廉太郎で全国的に名が知られてもいるし。

律令時代以来の国名・郡名、中世から江戸時代の町の名、その大小が入れ替わるというか、広域名が小域名に、あるいはその逆になるという現象。
明治の廃藩置県とその後の合併によって起きたことだが、平成の大合併でさらに顕著になっている。

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コメント

旧郡名が狭い範囲の地名に残るというのは多いでしょうね。東京の南の方は武蔵の国荏原郡で、今の荏原は品川区の一部。
 東京の葛飾区も旧群名で広い範囲だと思います。横浜市の比較的新しい区の名前、都築も群名。
 でも、葛飾区を含む行政区分の東京は新しい地名だし、横浜市の横浜は小さな村の名らしいけど、都築郡の中の村だったのかな?
 ここでの話のように、群名とその中の村や町の名が逆転するケースは、そんなに多くはないのかも。
 

投稿: kuroneko | 2012.10.28 11時38分

kuronekoさん

オタクな話題にコメントくださってありがとうございます(^^)

幕末まで、横浜村は都筑郡でなく久良岐郡の中にありました。明治に横浜市ができ、市域が拡大する中で久良岐郡と都築郡は昭和初期(戦前)に完全消滅しました。
都筑も久良岐も町村名として残る間もなく、横浜市に編入されちゃったですね。

おっしゃる通り、郡名と町村名の入れ替わりはあまりないかも。郡名は◎消滅◎町村合併繰り返して市名になる◎縮小して存続 が多いでしょうか。

旧国名(やそれに近い名)と郡・町村名の逆転はあります。「陸奥国>青森村」→「青森県>むつ市」、「加賀国>石川郡」→「石川県>加賀市」、「甲斐国>山梨郡→山梨県>甲斐市」みたいなの。今調べている最中です。

投稿: kiriko | 2012.11.03 03時17分

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